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 政宗はどうやらまだ出勤していなかった。珍しい、始業10分前でさっき寄った喫煙所にもいなかった。

「おはよう」

 こうして挨拶して入るのもきっと最後だ。

 ユミルの位置にいた辻井がふと立って「潤さん?」と潤に話しかける。なるほど昨日の夜はこいつと一緒だったのかこいつ。よく来たなお前と潤を見るが潤の横顔は、何かをふっ切ったくらいに爽やかで、「おはよう」と普通に返していた。
 つくづく酷いやつだなお前。

 となると辻井は祥真の件を知っているかもしれないな。詳しくではないだろうけど。

「祥ちゃんが、流星…!」

 と、大分取り乱して潤が俺に電話を掛けてきた昨晩を思い出す。昼間のこともあったし、すぐに駆けつけたら、あんな始末で。

 「その…」と気まずそうな辻井にも潤は構わずにいつものデスクに座るが、いつもと違って電源はつけない。

 あとは政宗を待つが、始業3分前にして漸く「おはよう」と、「おはようございます…」が聞こえて場の空気が変わった。

 伊緒が、そこにいた。

「…伊緒…!?」
「…部長、まずは挨拶じゃねぇかな?」
「あ、おはよう、えっと…」
「…政宗さんに、聞きました」

 伊緒はあれより少し、窶れたような気がした。

「…そうか…」
「えらいなぁ、伊緒」

 にへっと笑った引きこもりの先輩、潤が言う。「俺には出来ないやつだよ」と。

「…出来てるじゃないですか、潤さん」
「ん。まあ大人だからね〜」
「俺も…
結構勇気、いりました」
「…だろうな」

 政宗と伊緒がそれぞれ席についたところで、少し呼吸をして「さて、」と腹を括り、立ち上がった。皆、自然と、手を止める。
 習慣だったな、ここ一年。スピーカーから始業開始のベルが鳴り、自然と愛蘭が茶の準備を始めて。

「おはようございます。
本日はみんなに、特殊捜査本部部長、壽美田流星から大切なお話があります」

 みんな、「また引っ越しっすか」だの、「次は警視庁でしょうか」だの聞こえる。

「…本日を持ちまして、厚労省特殊捜査本部の捜査、組織は解散となりました」

 「またか〜」と諒斗が言った後に間が生まれ、「はい?」と慧さんが言った。
 浸透するまで、20秒を要した。

「か、」
「解散!?」
「解散って」
「あの、解散?」

 全く。
 他に解散なんてないだろうよ。

「はい、ここは消滅します」
「…ちょっと待って、」
「何悪いことしたんですか潤さん」
「いや待て諒斗。潤さんは今や一般市民だ」
「じ、じゃぁぶちょーなんですかぁ?」
「…お前ら大分良い性格に育ったよな。
…昨晩だが、一連のテロ事件の被疑者、エレボストップの箕原海がピストル自殺をした。
…機捜隊隊長、山下祥真を、射殺して」

 一同に驚愕が走る。
 そりゃそうだ。少し考えれば自分達の今の立場が見えてくるはずだ。

「…それってあのネタ、かなりヤバかったと」
「…そのようですね。白黒はっきり、祥真は身を持って、証明しちまいましたね」
「…えっ」
「待って、どゆこと?」
「諒斗くん。
どうやら我々が追っていたのは警察…いや、政治家、国の割と偉い人だった、と言うことでしょうね」

 冷静にまとめた後に慧さんは「流星さん、」と静かに、告げる。

「…我々はまだ一般公務員としてやっていけるかもしれない。多難でしょうけど。ただ、あなた方は…どうなるのでしょうか」
「…慧さん、」
「…流石に、私も1年関わってきてそりゃぁ捨てきれないし、そうですね…。
 あなたと出会ったあの事件、覚えてますよね。あなたは私をスカウトした」
「…すみません」
「いや、そうじゃありませんよ。
私はそこに生き甲斐を感じました、やらねばならないと思いました。
貴方たちはですから、どうなるのでしょう」
「…わかりません。きっと、うん、でも、まぁ…。
俺は結局その、俺の依頼主に食いつかなければならないと思っています」
「はは、よかった」

 慧さんは、笑った。

「…一見すればそう、心中かもしれませんが、貴方は優しいく強い人だと、1年で知っています。貴方について行くには私は退職をするべきでしょうか」
「そんな、」
「…今日の深夜0時まで」

 潤がふとそう言った。

「それまではみんな、在籍になるでしょう。
 みんな、どうかな。今あるデータ箇条書きで良い、終わったら帰っちゃっても良いと思う。なぁ、流星。それが最後まで仕事をやるってことかもね。
 慧さんもみんなも、そう堅くなるなよ。
 そだな、政宗おじさん。元経理の俺が知る限りみんなの勤怠表通りでいけば明日からまぁ、キャリアによるけど最低3日の有給休暇があるよな。それにはこんな、宙ぶらりんの部署、ホントに勤怠表とあと…預金通帳管理が必要だ。
 政宗がどう掛け合ってくれるかわからないがそれを出せばうーん、5日は最低取れる?会社都合だし俺は10日と踏んでんだけど」
「え、」
「しかし勘違いしちゃならんのはぁ、有給休暇ってお給料発生だよねぇ?」
「うわっ」

 性格悪っ。

「まーここは厚労省だしぃ?おじちゃんでも即行って帰ってこれるとして…。
 どうだいみんな、この際だから盛大にさぼんねぇ?まぁ、一般市民の無職の俺が言うのもどうかと思いますがぶちょー」
「っとに性格悪ぃなお前…。
 部長は強く優しいのでこんな性格破綻なことは言いません、強制も出来ませんが、明日にはこのパソコンは使えなくなるとお考えくださいませ。
 まぁ、みんな若いので休みなんて何日取れようが3日あれば疲れは吹っ飛ぶかなぁと思いますけど。
 つーことで。
 最後の命令、0時までに全部、ある分を箇条書きにしてまとめ、また、そのデータはそれぞれ提出プラス個人で各々管理もしてください。
 …管理した個人データは元祖部長副部長、…山下のように、どこかに託すも、マスコミリークでも、なんでも良いです。次世代に残さず墓場まで持っていっても結構。
 心中なんてさせないが、せめてもの…部長命令とします。安全第一、自分の身は自分で守る。以上」

 だけど。

「…けど、最後にひとつだけ、部長として言います。
 みんな、ここまでごめん、そして…ありがとう」

 最後の、朝礼を終えた。
 俺たちがどうなるか、確かにわかんないけど。勝手なエゴかもしれないけど。
 そういうことですよと、心の中で全員に告げる。

 「…まいったなぁ」と政宗は立ち上がり、「器用だから潤、政宗パソコンと併用しろ」と命じる。

 いつもよりは含みも寂しさも決意もあるけど、いつも通り、部署は慌ただしく動き出した。

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