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「健闘を祈る、か」
「臭いヤツだよね。じゃ、俺車で少し寝るわ。実はちょっと怠くてさ」
「おぅ」

 そう言って潤は先に車に戻った。それを見て政宗は、ジャケットのポケットからケータイを取り出す。

 この男の番号を呼び出すのは、何年ぶりだろうか。
 多分、厚労省に移って以来だ。特本部《とくほんぶ》になってからは、先方から掛かってくることはあるが、全て無視していた。

 2コール目で、相手はあっさり出た。

「もしもし」
『…久しぶりだな、元気?』
「…相変わらずですね高田さんは」
『君もね。相変わらず俺の電話やメールは見てくれてる?』
「はい、ばっちりとね」
『で、なによ。暴走捜査中に俺に用事なんて、それなりの覚悟があるんだよね?』
「検挙の許可くれないかなって思いましてね」

 相手が物凄く冷めた笑いを寄越す。まぁ、始めからわかっていた。

『相変わらずナメてるねぇ。まぁ嫌いじゃないけどね。何と引き換え?
 君、それ相当の覚悟あって俺に頼んでるんだよね?』
「引き換えねぇ…。特本部と引き換えにしようか?」
『冗談よしてよ』
「冗談なんかじゃありませんよ。俺わりと怒ってますからね。
 あんた流星に何やらせたんだ?いま潤が、どうなってんのかわかってんのか?
 あんたは昔からそうだ。そうやって部下に全部押し付けて、自分は掌見せねぇで。この際いいんですよ、許可なんてなくても。悪いがあいつらはあんたごときエリート官僚が扱える人間じゃねぇ。
 ただこれだけは言ってやりたかった。
 二度とこっちに来んじゃねぇクズ官僚」
『…変わらないねぇ。
 ただ残念だな荒川。俺はわりと粘着質なんだ。易々手放さないさ。
 そうだなぁ、生温い青春ごっこして気持ち良くなってる良い歳したお前みたいな馬鹿者にはわからんだろう。お前は浅はかだ。
 バカはバカらしく頭の良いヤツの下に付いてればいいんだよ。わからないヤツだなぁ。
 まぁいい。
お前、そんなに後輩が可愛いか。じゃぁいいよ、許可するよ。そして条件も変えてやろう』

 そして高田が胸を語った。

「あんた、何言ってんだ…、」
『じゃぁ、犬死にさせるか?俺はそれくらい訳ないさ。
 まぁいい、ゆっくり考えろ。じゃぁな』

 そして通話が切れる。思わず、ケータイをぶん投げたくなったが堪えて、だがいたたまれずタバコに火をつけるも、頭に血が登り、すぐにタバコを地面に叩きつけた。

「ダメか?」

 その様子を見た潤が、車の窓を開けて、両腕に顎を乗せ怠そうに言った。

「いや、許可は降りたさ。両店舗検挙していいってよ」

 二本目を取り出し、噛む。強く噛んだせいか一口目にニコチンが来ない。

「え、マジで?」
「あぁ、それはもう快く許可してくれたさ」
「…そのわりにイラついてるね」
「…いや、大丈夫。取り敢えずお前と瞬は店に行け。流星一人じゃ色々微妙だ」
「あいよ。
 大体あいつはどうやって突破するつもりなのかね。初っ端から手帳みせて一人で強行突入以外に考えられないんだけど」
「あぁ…あいつのやり口だな」
「上手いことさ、『今日はバックれてすみません!』とかいう演技してから話を引き出して、なぁんていう気の長さは持ってないよね」
「…最短精神に言われたらお終いだな」

 政宗がそう言うと、潤は車を降りて笑った。タバコに火をつける。珍しく、悠長なようだ。

「いや、俺だったらもう少し早い。入り口で拳銃と共に「全員ひれ伏せ」って言って出しちゃう」
「どこのB級映画だよ」

 色々とこの若者たち、この役職は向いていないのではないかと思えてならない。そもそもがスナイパーだし。いや、FBIらしいが。

 そうこうしているうちに諒斗が降りてきた。

「霞から連絡ありだそうです」
「あら、案外時間掛かったねあの単細胞」
「いや、俺はわりと早いなと思ったぞ」
「インカム頂戴。多分二手に別れた方が効率いいから。さて、行きますか。
 じゃーまたねー」

 その場でタバコを捨てて潤は進んでしまう。最早こちらの話は聞いていく気がない。

「じゃぁ…行ってきまーす」

 諒斗は律儀に会釈をして潤を追いかける。
 全くもって、手に追えない。

「ふっ」

 三本目のタバコに火をつけた時、政宗にふと昔が過った。

『お前って子供好きだよね』
『え?なんだよ急に。好きじゃなきゃ…』

 育児なんて出来ないだろ。そう言い返そうと思って止めて。

『いやぁ、最近凄くさ、お前なんか廃れた水族館のジンベイザメみたいだからさ、いいもん拾ってきたんだよ』
『は?』
『へっへ。明日楽しみに来いよ』

 あの男がこう、なんかいたずらっ子が笑うみたいな笑い方をした時は大抵が厄介事だった。だけど…。

『はい、この人が今日からお前らの保護者だよー』

 なんて言って、二人の新人を連れてきて。
やはり厄介事だった。何せ一人は、

『どうも』

の一言、もう一人に至っては、

『何っすか保護者って。つかこいつと一緒とか聞いてないし』

喋りすぎだし。なにより、

『奇遇だな、俺もだよ』
『たまには気が合うようだなクソ公安』
『ホント、朝からうるせぇな税金泥棒』

なにやら喧嘩を始めるし。

『おいおい、いきなりかよ…』
『うるさい』
『あ?』

 と二人で振り返ったのを一睨みして、

『うるさいと言ったのが聞こえなかったのか?
 おい樹実。せめて人語を理解するヤツを連れてこいよ』

と、静かに言ってみれば二人とも黙りこんで、

『はい、まずは謝ってね。このゴリラさんはたまに短気だから』
『喧嘩売ってる?』
『物騒だなぁ。闇ブローカーでもそれ、売り買いするもんじゃねぇよ?
 自己紹介したら撃ち込み行こうか』

とか言ってかつての上司であり戦友は、優雅に去ってしまったから。

『…壽美田流星です』

 こいつがまた凄く不服そうで。

『星川潤でーす』

 こいつがどう考えてもナメていて。

『…はい。
 連邦捜査局所属、厚労省特別国家テロ捜査本部に配属されました、現場検視監督官の荒川政宗と申します。以後、君らの教育係を兼任することとなりました。よろしく』

 そう言うと、二人とも少しだけシャキッとして、『あ、はぁ』とか、『うっ、はい』とか言っていて。

『返事はまずはい!』
『はい!』
『はい良くできました。猿にしてはマシです。はい、樹実のところに行ってきてください今すぐダッシュ!』

「どうしたんですか?政宗さん」

 ふと、後ろから瞬の声がして政宗の意識は回想から現実に戻る。気付けばタバコはとっくにフィルターまで灰になって消えていた。

「楽しそうですね」
「ちょっとな」

 あの時から暇な時間はしばらくなかった。
 気が付けばこんなところまで来ていた。

「悪くもなかった」
「え?何がですか?」
「いや、なんでもない」

 仕方がないからもう少し。
 せめて帰ってくるまで。
 目の前の事件を詰めようか。

 やはり、思い出すのはかつて仲間だった男の、人好きのような無垢な笑顔だった。

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