10
目を瞑ると一瞬思い出す。
銃口を向けた相手。あのときは、そう…。
引き金を引いた空気圧と乾いた発砲音、火薬の臭い。そこに混じった、血の湿気。
「いっ…!」
危ねぇ。
冷や汗も一緒に滴る。
舌、真面目に噛むかと思った。
「はー…」
思わずもう、後ろに倒れた。
「え?え?」
諒斗の動揺した声。
どうやら生きているようだ。そして意外にも。
「ふっ…はは…」
笑えてきた。
あぁ、直視すると電球って目に優しくねぇな。
「え?生きてます?」
今度は心配そうな諒斗の声と。
「なんだよ…つまんねぇな」
ちょっと落胆した、だけど息と一緒に吐くような潤の声と。
「あ、もう、な、ぶちょー!」
明らか泣いちゃってる霞の声と。
駆け寄ってくる三人の、足音と。
「あー…痛ぇ」
間一髪。
多分弾詰った。しかし、若干薬莢が当たったような、当たってないような。取り敢えず血は出たらしい。
起き上がってみて、濡れた掌を見てみると、やっぱり血がベッタリついていた。
試しに銃を開けてみればご名答、弾詰っていた。そしてその原因である前の弾丸の頭0.なんミリかが出ていて。よく暴発しなかったもんだ。
「悪運だけは褒めてやるよ」
「…ホントだな。なにこのマンガみてぇな奇跡」
「多分マンガでも死んでると思う。その方がかっこいい」
「うるせぇ」
しかもパラベラムだよ。マジで死ぬとこだった。
「どうして…?」
急に前方から消え入りそうな声がした。
洋巳が、もう絶望を貼り付けたような顔をして震えながらエアコンのリモコンを見つめ、そして俺を見た。
「…俺は…」
「…人生なんてそんなもんでしょ。このバカみたいにマンガでも起きないバカみたいな神悪運が発動しちゃったりするんだよ。
それさ、本当は毒薬スイッチじゃないんじゃないの?」
「…え?」
そう潤が言うと、洋巳は浅井を見つめた。
「…洋巳。君が死にたいと言うのを俺はずっと見てきた。俺はそれに何度も答えた」
「浅井さん、」
「それを使うと判断したその時は俺の手から君がいなくなっているのだと思う。君は今、俺がいなくても、やっていける」
「…はぁ?」
「無責任なことを言うが俺はもう君たちの元へは帰って来ないんだよ」
そう淡々と浅井が言うと、洋巳は静かに涙を流し、歯を食い縛り俺の横を通りすぎた。
「ふ、ふざけんなよ!」
浅井にリモコンを投げつけ、しゃがんで、弱々しく胸ぐらを掴む。
「あんた、自分が何したか、みんなに何したか、わかってんの?俺をおかしくしたのはあんただ。あんたを、いつでも…殺したい殺したい殺したいって隣にいて思うのに、それでもあんたを、こうして、一緒にこの場所でやってきた今までを返してくれよ!俺の人生なんだったんだよ!俺の…家族は、全ては、なんだったんだよ!
みんなだって、そうなんだよ!寿樹さんや稔さんや太一さんや龍生くんやリクだって!みんなあんたに…。
でもどうしたって言うんだ、俺は、そんなあんたでも好きなんだ、あんたのためにここで生きていこうって、そう、思ったのに!」
「洋巳、もういいよ!」
寿樹(だったと思う)が洋巳に駆け寄った。それを見てみんな、浅井のところに集結した。
「みんな同じだから」
「もうやめよう、終わりにしよう」
「須和間さん!」
太一にそう呼ばれ、「は、はぁ…」と返事に遅れてしまった。そういえば俺はここで須和間彗星だった。潤がウケたのが見えた。
「みんな一緒に、自主します」
「あぁ、はい。それは何より」
だがそれは。
「覚悟できてんの?俺の尋問マジそこのチビとは比べ物にならないよ」
「昔お前取り調べ検挙率一位だったもんな」
「構いません。仕方がないことです」
「あぁそう…」
「それと…」
「はい、なんでしょう」
「お名前を教えて下さい」
今更になって拍子抜けしてしまった。一拍間を置いて潤を筆頭に、諒斗も霞も笑いだしたから、なんだか俺も笑ってしまった。
「あーね。うん。
壽美田流星《すみだりゅうせい》です。本名です」
「は…」
若者サイドも一拍の間を置いて笑いだした。無理もない。あとで高田に怒られついでに今度こそ嫌味を言ってやろう。
「断然そっちの方がいいですね」
「そりゃどうも。俺もそう思う。
さて、行くかい若者たちよ」
取り敢えず立ち上がった。痛みにちょっとくらくらする。
先頭をきって歩き出せばぞろぞろと足音が聞こえて。
タバコが無性に吸いたくなって火をつける。
痛いのどうの、疲れたのどうのなんて、最早どうでもいい。もう、面倒なのは変わりないんだから。
ただふと思い出す。
あの一瞬。
あの一瞬浮かんだのはあの人の最期の笑顔だった。
そういえば最期は、スッキリとした、雑味なんて一切ない、透き通った笑顔だったなぁ。
『引いて』
『そう、そして、』
そして、引き金を引いた。
間違ってるとは思ってない。ただ、正しいとも、思ってないんだ。
俺もあんときあぁやって、洋巳みたいに食って掛かって胸ぐら掴んで言えたら。
少しは…。
シャッターが空いた。
薄暗い朝とパトカーと警官が広がっていた。
「よう。遅かったな」
そしてそこには、あの時よりか老けた先輩と、
「お勤めご苦労様でした」
あの頃を知らない。少し疲労が見える後輩がいて。
「あぁ、ただいま」
漸くポケットの無線を切った。
「午前4時19分、人質及び犯人確保。このまま本部へ連行、保護をお願い致します」
瞬が、しっかりと警官達に指示をする。
あぁ、終わった。
「ふー…」
思わず力が抜けて政宗に向けて倒れるように寄り掛かる。「うぉっ!またかよ!」と言うのも笑えてきてしまって。
「…大丈夫かこいつ」
「大丈夫でしょ。いつでもヤバイんだから」
そんなのも今はどうだっていい。
疲れた。そして無性に安心した。
「ちょっ、流星お前なぁ、」
「すみませんが寝たいんです。ここ最近寝てなくて」
「さっき?ここ来る前に寝たじゃねぇか」
「あれは気絶です」
「どうだっていい!退けよ!」
「あんたなんでそんなに元気なんですか」
「うるせぇ、さっさと」
「壽美田さん」
ふと、後ろから低音ボイスが掛かって振り向いた。
太一が、店の入り口に立っていた。
「…どうした?」
不穏だ。
ぼんやりと、浅井がパトカーに乗るのを見ていて、「浅井さん!」と、叫ぶように太一が呼んだ。
浅井が振り向くと、近くにいた洋巳の腕を掴んで言い放つ。
「やっぱ、若手に任せたあんたが悪かったね」
スーツのポケットから何かを取り出した。
試験管に、何かの薬品。
「まさか、」
「洋巳、よくやったね。けど君は…」
掴んでいた手を離し、発砲音がした。
崩れ落ちる洋巳と、銃を握る太一。
「もう、いらない」
「洋巳くん、」
「待った。
急所は外しました。こいつはウチで預かります。
さようなら、スミダさん」
そう言って血塗れの洋巳を軽々と抱え、店の中に戻っていく。
「待っ…!」
走って戻ろうとして閉まるシャッター。
閉まる直前、確かに、試験管が割れる音を聞いた。
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