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 銃声が、響く。
 狭い、箱のような場所で。

 長身の、一見頼りなく線が細い背中と、ぼさぼさの寝癖が目立つ柔らかい茶色の長髪。
 投げ出すような右手の、中指と人差し指に挟まれた紫煙の登るタバコ。

やはりここにいたのか。
声を掛けようとして。

 そんなダルさとは裏腹に、的相手に酷く鋭い眼差しで。
 だけど、どこか物悲しそうに一瞬目を細めたから。
 何か感傷に浸っているのは確かだと感じて。

 威力に耐えきれずに木っ端微塵になった的。左手に握るデザートイーグル。それはこの前人から取り上げたやつじゃないか。

 タバコを咥え、銃を構え直したタイミングで、本能的に自分も銃を構えてそいつの後頭部に向けた。

 そいつはいままでとは別物の、本気で驚いた、最早驚愕と言っていいような表情で振り向いた。

「おいコラ」
「あ、あぁ…」
「捜査一課さんから『お宅のボスが喫煙ルームでタバコ吸ってくれない』ってクレーム電話来てんすけど」
「りゅ、流星かぁ…!ちょ、怖い怖い!わかった!消すから降ろしてよ!」

 さっきまでとは打って変わり、情けない表情で懇願してくるから、仕方なく銃を降ろしてやって。

「いやぁ、ごめんごめん」
「大体それ俺のなんですけど、つかあんな的ぶっ壊してあんた何してんだよ」
「仕方ないだろ!こいつが悪い」
「はぁ!?」
「あー悪かった悪かったうん、俺が悪い!ちょ、お前気ぃ短くねぇか!?」

 銃を向ければこの調子で。

「よく言われる」
「でしょうね!そんなイライラしてんなら一本どうだい?」

 とか言ってひょいっと、ソフトパックの炙った開け口を向けてくるから。

「あんた人の話聞いてた?」
「聞いてた聞いてた」
「拳銃で充分煙を吸うんで遠慮します」

 ムカついたので取り敢えずそれだけ言って隣に立ち、一発撃ってみる。まずまずの腕。

「いいねぇ」

 そんなんで褒められたのでくわえて火をつけたばかりのそれを奪い取って試しに吸ってみた。

 噎せた。
 ちゃんと返した。

「へっへっへ。バカだねお前」
「う、うるさっ、何、これ」
「あー、消えちゃったじゃん。やっぱお前には早いねー」
「死ね!」
「はいはい」

 楽しそうに笑いながらまた火をつけて。


「りゅーせーぃ」
「っ!」

 間抜けな声で起きた。
 潤が退屈そうに顔を覗き込んでいる。

「あれ…?」

 どう考えても捜査車両の中で。どう考えても首が痛くて。

 状況がわかったら起き上がらずにはいられなくなって突然起き上がればテンプレよろしく、潤の頭に直撃した。

「いっ…!」

 物凄くヤバイ音がして。
 痛い。

「すっげぇ音。大丈夫?」

 前方の運転席から全然心配してなさそうな政宗の声がして。

「…っ!」

 しばらく喋れなさそうな潤がいた。

 どうやら今は現実らしい。そして、そのままぶっ倒れるように再び潤の膝に収まった俺は、無言で鳩尾を一発ぶん殴られた。

「うごっ!」
「てんめぇぇ!脳震盪《のうしんとう》!どうしてくれんだこのバカ!」
「まっ…」

喋れねぇよ。てか…。

「吐く」
「は?」
「今のキた…」
「ちょ、待っ、勘弁してよ、政宗!」
「てめぇが悪い。停まってやんねぇよ?」
「わかった!ごめん!水やるから!」

気持ち悪い。取り敢えず。

「ダバゴ頂゛戴゛っ」
「なにそのダミ声!え?ぜってぇ吐かれるから嫌なんだけど!」

夢のせいでタバコが吸いたいんだ。

 政宗が器用に片手でポンっとアメスピのボックスを投げて寄越してきた。

 反射神経で見事キャッチ。「化け物かよ」とか言ってる潤をほっといて箱を開け、ライターとタバコを一本取り出して火をつけた。

「ちょっとぉ!下品だなてめぇ!」
「うるせぇなさっきから」
「まったく…さっさと死ね」
「お前らホント揺るぎねぇな」

 俺に掛かっていたジャケットのポケットからタバコを取り出し、潤もタバコを吸い始めた。

「これ暑い。いま夏だぞバカ潤」
「あぁ!?俺も暑いんだよ!てか早く退け。足痺れてきたんですけど」
「あれ?そんな寝てた?」

 取り敢えず起き上がった。灰が落ちて潤のジャケットについたがまぁこいつには黙っておこう。てか気にしないだろう、バカだから。

「あぁもうそりゃぁぐっすりと間抜け面してな」
「そうですか。あまりにもてめぇの膝が寝心地悪くてな。おはよう」
「まぁな。足が細いもんでな。おはよう」
「ふっ、」

 政宗がウケてる。なんでだ。

「…今どこ?何時?」
「今は一応漸くお前ん家に向かい始めた所だ。後輩共の家が案外遠くてな。埼玉あたりか?9時くらいかな」
「マジか」
「大丈夫。今日は休みだ。さっきクソに電話したから」
「クソって…!あんたも言うねぇ。てかホント嫌いだねあの人」
「あの人?」
「高田だよ」

 そう聞いて思わず笑ってしまった。

「あーあ、チクっちゃおーっと」
「いいよ別に。知ってるし」
「マジか。ついに言っちまったか」
「あぁ。『死ねクソ官僚』ってな」
「俺ですら言ったこと無いよ」
「俺もない。人生の大半ナメてる俺ですらない」

 誰からともなく黙り混んだ。空気は、そのまま重くなっていく。

「俺たちってさ」

 こんな時、黙っていられないのは最短精神の潤だ。

「なんでこんなことしてんの?」

 思いを馳せていたのはどうやら、俺だけではないらしい。

「悪かったな」
「…何が?」
「こんなことさせて」
「…嫌味は別に聞きたくないんだよ」

あぁそうかい。
この、クソわがまま野郎。

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