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はぁ、疲れた。
「流星…、」
あぁ、足の踏み場がない。
「樹実《いつみ》さん、お、起きてよ」
あぁ、うるせぇよ潤。
歩けねぇ。
なんでこんなに人死んでんだよ。
人?
樹実、あんた、そっか、あんたは。
肩が痛ぇ。
「あぁ…」
銃口が熱い。
全部、てめぇでやったのか。
「流星…っめぇ…!」
ぐらつく視界に、見えた天井と泣きじゃくった、潤の顔。馬乗りになって俺の胸ぐらを掴むその手は震えていて。
持っていた銃のハンマーを反射的に引いた。視界に入った銀の銃身が、赤黒かった。
潤はその一瞬に目を丸くして、だけど次には物凄く冷めた目で銃身を掴み、払う。反射で誤射したが、弾切れだった。
「お疲れさま、流星」
嘲笑と軽蔑が勝る労い。力が抜けた。それから、腹に打撃の衝撃。
あぁ、多分殺される。
血の味と胃液が混じった嗚咽。もう、潤はやめてくれそうにない。けど、それでいい。
「やめろ、潤」
低くくぐもった政宗の声。何を言ってる。そんなんじゃこの化けもんは止まらないだろう。
「潤、」
そう一言嗚咽の切れ間に呼ぶと、潤はぴたっと、俺をぶん殴っていた手を止めてしまった。
あぁ、こうやってお前はスイッチを切るんだなと、その時に知った。
「俺を殺してくれ」
俺が潤にそう言った瞬間に。
潤が政宗に羽交い締めにされたのが見える。俺はその場で、息を整えて。
「殺してやるよ」
そうはっきりと潤が言った気がした。それが最後で。
次に起きたときには、全てが曖昧だった。
覚えていなかったんだ。ほとんど何も。
色々な人から後で聞き、そこから出される自分の記憶でどうにか繋ぎ合わせて事を理解した。
ただ、潤のあの時の一言は強烈だった。
「流星さん、朝ですよ」
覚醒した。景色は一気に赤から、朝の微睡みへ。
「…いつも、起こすのが嫌ですね貴方は」
困ったような笑顔で伊緒に言われてしまった。
「あー…おはよう」
現実の幼く純粋な伊緒を直視するのが嫌で、左手で瞼を覆うくらいに度胸がない。
「自律神経失調症ですか?」
「いや、低血圧だ」
「そうですか。起き上がれたらで、いいですからね」
「…お前、最早女房だな」
「あははー、それ政宗さんも言ってましたよ」
「政宗…」
あぁ、起きてきたぞ。
「どこ行っちゃったんですかねー」
「さぁな…」
そっか、うん、そっか。
「伊緒、コーヒー飲みたい」
「用意してありますよ。コーヒーメーカー、ちゃんとあるんですね」
「まぁな」
樹実がそれしか飲まなかったんだよ。
「ふっ、はっはっは…!」
笑えてきた。
意味がない。ただ笑えてきた。
「…流星さん?」
「…タバコ吸ってくるわ」
それだけ伊緒に告げてベランダに出る。
日がまだ、頭しか出ていないような朝。
目覚めが悪いな、我ながら。
ただぼんやりと外を眺めていると、伊緒も静かにベランダに出て無言で隣に立つ。ふと思い出したのでタバコを咥えると、伊緒は、俺が預けたジッポをポケットから出して火をつけてくれた。
「さんきゅ」
「いえ」
やけに伊緒が俺の事を眺めているので「…吸う?」と聞いてみるが、「いいです」とつんけんして返される。まぁ、いいや。
不意に伊緒が笑いだしたので「どうした?」と訪ねてみる。
なんだろうこいつは。情緒が不安定なのだろうか。
「いや、ホントなんだなって…」
「は?」
「政宗さんが言ってたんですよ。流星さん、タバコを噛む癖があるって。
しかもなぜだか一口目だけでよくわからんって」
あぁ、そう言えばそうかも。
「なにあいつ、気持ち悪っ」
「人の癖とか見つけるの好きですよねーあの人。
ちなみに潤さんはまともに火が消せない、副流煙がスゴいからイライラしてるときはやめて欲しいって」
「あー、わかるわかる。あいつホント公害」
なんだかんだ、あいつが一番そーゆーの、見てんだよなぁ。
「…俺の癖は、イライラすると自傷行為をすることらしいです。自覚ないんだけど。指、噛むらしいですよ」
「あぁ、そう」
「俺、あんたに頭に来ましたよ」
そう言ってジッポを見せられる。
あぁ、開けたんだ。タバコなんて吸わないだろうに。
「手入れの仕方とか分からなくて。政宗さんに聞きながら開けたら、なんか出て来て」
「それな。俺も預けられたとき…」
腹が立って。
「腹が立って、仕方がなかったんだ」
ホント、なんだっていうんだ。
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