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 職員室についてすぐ、教師たちはなにも言わず目を合わせてはくれなかった。しかし浦賀先輩は慣れたものだ。一番近くにいた教師に、「ちょっとさ、荏田先生と佐藤先生呼んでくださーい」と言った。

 その教師はどうやら新任だったようで、血が付着した浦賀先輩のワイシャツ姿を見るなりすぐさま二人を呼んでくれた。

 私たちを見て二人はすぐさま来てくれて、有無を言わさず生徒指導室の方へ行かせようと佐藤先生が浦賀先輩を引っ張るが、「待って、」と浦賀先輩は言う。

「救急車勝手に呼んだ。上であのー…同じクラスのやつぶっ倒」

 そこまで浦賀先輩が言うと突然、口を手で抑え、血を吐き出した。

「先輩!?」

 何が起きたかわからず混乱。床に散りばめられる血。

「あー、大丈夫…。
 上に3人くらい」

 そしてそのまま浦賀先輩は意識を失った。倒れそうになったのを荏田先生がたまたま腕で抑えてその場に寝かせてから、体制を直して軽々とおぶった。

「浦賀先輩…!」

 訳がわからない。不安で仕方ない。これってもしかして死んでないよね?

「大丈夫。頭は今打ってないから運んでもらおう。救急車呼んだんだよね?
 取り敢えず、上に3人?なにがあったの?」

 私はとにかく泣きながら先生たちを上に連れて行く。その間、浦賀先輩のケータイが一度ポケットの中で振動して佐藤先生が画面を確認した。救急車からだったらしく、電話を取って対応する。

 現場につくとまだ殴られた先輩たちは延びていた。「派手にやったねぇ…」と言いながら荏田先生は一度浦賀先輩を壁に寄りかからせた。

 対応を終えた佐藤先生が生徒一人一人に声を掛ける。取り敢えず全員起きると一度トイレのドアを閉め、事情聴取をしているようだった。

「なにがあったの?」
「あの人たちに…連れてこられて…」
「ここに?」
「はい…」
「あー、なるほど…。大丈夫…なの?」
「はい…。浦賀先輩が助けてくれたんです…だから私はほとんど何もない…」
「ボタンが一個なくなったくらいかな」

 言われてみてシャツを見てみると、確かに、第3くらいの際どい位置のボタンがなかった。

「あっ」
「浦賀くん一人で来たの?」
「そうなんです…!」
「ありゃぁ、無茶するねぇ、けどこてんぱんにしたわけだ」
「…これじゃされてるような気もするけど…!大丈夫かな、なんか脳挫傷《のうざしょう》とか…」
「頭打ってた?」
「頭突きしてました」
「前からいっちゃったかー。まぁ病院行った方がいいね」
「死んじゃうかなあ」
「…この子多分丈夫だから大丈夫だよ。無茶するよね。
 って言ってもこれで話すの2回目なんだけど、小日向さんの方がこの子のことよく知ってるだろ?」
「…先生は、先輩のこと、信じてくれますか?」
「うーん、わかんない。だって前回のプール事件と今回としか関わりないし。けど前回喋った印象だと、悪い印象はなかったよ。
 僕は君を信じるから。それだけかな。
今回は彼がこんなんで、彼から話は聞いてないから君の話を今のところ鵜呑みにすると、彼は君を守りたかった。
 でも多分これで合ってるんでしょ?じゃなきゃこんなんならないよね」
「なんか…。
 浦賀先輩の担任、荏田先生の方が良い気がする」
「えぇ?それだと君の担任どうすんの」
「あ、そっか」

 荏田先生はにっこりと笑った。私もようやく笑えた。

「ようやく笑えた。よかった。
 君はまず自分の心配をしなさい。形振り構わないのはよくありません。てかバイトは?お兄さんのとこでバイトしてたよね」
「あっ」
「てか僕ちょっと挨拶に行くよ。あとは佐藤先生のとこの生徒だし。抜けようかね。ちょっと言ってくる」

 荏田先生は男子トイレのドアを開け、一声掛けた。

 それから私はお店に直接電話を掛ける。

『はい、ハイドランジアですー』

 いつもの調子で柏原さんが出た。

「もしもし、小夜です」
『あ、小夜ちゃん?どうしたの?』
「ちょっと学校で色々あって…えっと…」

 なんて言ったらいいんだろう。意外とパニック。
 目の前にいる荏田先生が手を差し出してきた。

「と、取り敢えずいま先生に変わります!」
『え?はいはい…』

 荏田先生に携帯を渡す。一息吐いて荏田先生は話始めた。

「もしもし、急にお電話すみません、小日向小夜さんの担任の荏田と申します」

 そこから荏田先生が話しているのを聞いていると、荏田先生はどうやら、私をお店まで送ってくれるらしい。
 一応、今から先生がお店に行き、状況説明を保護者のマリちゃんにするという事で話が纏まったようだ。

 電話を返され「もしもし…」と恐る恐る言うと『小夜!』というマリちゃんの心配そうな声が聞こえてきた。どうやら途中でマリちゃんに代わったらしい。

「マリちゃん…」
『お前、大丈夫か!?』
「うん、私は大丈夫…」
『取り敢えず…気をつけてすぐにゆっくりこい!』
「はあい。マリちゃんごめんね心配かけて」
『いいよそれは!待ってるから!』
「はぁい…」

 電話を切って荏田先生を見ると、頷いたので私たちは学校を出た。去り際に浦賀先輩を見たが、浦賀先輩はまだ目を開けていなかった。
 荏田先生の黒い車に乗り込み、お店に向かう。

「先生」
「ん?」
「今日はごめんなさい」
「まぁいいよ。これに懲りたら帰りのホームルーム、出てね、寂しいから」

 帰りのホームルーム?

「はーい…」

 もしかして荏田先生。

「一応帰りのホームルームもバレたら始末書書かなきゃならないからねー、俺」

 私が着任式出てないこと、知らなかったりして。

「すみませんでした」
「いつの間にかいなくなってたんだもん」
「お話に夢中になっちゃって」
「へぇ…。どんな話するの?」
「先生は」
「ん?」
「浦賀先輩と、どんな話したんですか?前回」
「あぁ、前回?
 うーん、ほとんど佐藤先生が話してたけど…。
 なんか溺れてたのを助けてもらったとか言ってたかな。でも佐藤先生が、お前何嘘吐いてんだ!って最初は話にならなくてね。まぁだからね、うちの子は嘘吐く子じゃないんです、成績も優秀な子だしって言って小日向さんから聞いた話をしたんだよね」
「私がした話?」

 大して何も話してないけど。

「佐藤先生は納得してくれたよ」

 なんだかそれって。

「…結局、浦賀先輩の話は、誰も聞いてあげてないんですね」
「え?」
「だって、そういうことになりませんか?確かに、先輩はあんなんだけど、それって結局、私の話で、納得させたんですよね。
誰が、先輩の心の声を聞いたんですか?誰が、今回も、聞くんですか?
 なんか…彼があんな風になってしまったのも、わかる気がします」
「じゃぁ、君がやればいいんじゃない?」
「はい?」

 荏田先生はそれから不機嫌そうに黙ってしまった。それからお店に着くまでずっと、黙ったまんまだった。

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