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「お風呂空いたよー」
「んー」

 マリちゃんはちらっとみっちゃんを見て、「先入るよー」と言ってお風呂に向かった。

 あんまり邪魔しちゃいけないかなと思ったけど、みっちゃんはこっちを見て、「そだ、それ」と言って、テーブルの上に置かれたメモ帳を指差した。

「見てもいい?」
「いいよ」

 みるとそこには、綺麗な筆記体。

「Courage is grace under pressure.
 どういう意味?」
「“勇気とは、窮地に陥ったときにみせる、気品のことだ”かな」
「みっちゃん、良いこと言うね…」

 私にも、今の先輩たちにも、響く言葉。

 みっちゃんはベットから降りた。リンゴジュースを注いだコップをふたつ置いて、隣に座った。

「ありがとー」
「俺の言葉じゃないよ」
「私も、本読もーっと。いざってときさくっと、こーゆー言葉、出てこないや」
「まぁ読んどいて損はないけどさ、別に本を読んだから言葉が出てくる訳じゃないよ。
 小夜は、自分の言葉でわりと伝えてるんじゃないかな。逆に俺はそれが出来ないからこうしてるんだよ。多分、このメモ越しのこいつらも、そうなんだろ。俺が書いたセルマのセリフに乗っかて、こうしてるんでしょ」

 そうなんだろうか。

「小夜はあれからなに読んでんの?」
「『こゝろ』と、『夢十夜』」
「漱石かー。俺も好きだよ」
「みっちゃん一番は誰が好きなの?」
「うーん」
「私はわりと漱石さん好きかも」
「読みやすいね。メモ帳の子と盛り上がるだろ」
「え?」
「これ二人だよね。筆跡二人分だし。多分片方は海外系が好きなんだよな。
 もう片方はきっと本は読むんだろうね。あんまり本書いてこないから趣味も分かりにくいけど、泉鏡花とか司馬遼太郎とか、なんだろ、時代物が好きなら、なんとなく漱石もいける気がするし。歴史好きなんじゃない?意外とロマンチストとかね。
 でも返してきてるのは全部『車輪の下』なんだよなぁ。ちょっと砕けたやつなのかな」
「本でそこまでわかるものなの!?」
「いや、わかんない、全然わかんない。けど小夜と気は合いそう」

 趣味が似てるということなのだろうか。

「みっちゃん今なに読んでるの?」
「え?うーん…。久しぶりに海外物。多分あんまり小夜は…うーん、まぁ読んでみなきゃわからないかもしれないけどね」

 ベットの上から取ってくれた本。

ボリス・ヴィアン うたかたの日々

 もはやわからない。

「海外物ってさ、ちょっと足りないんだよなー。ある意味発想豊かだから日本人じゃ書けないけどね」
「え、翻訳は日本人でしょ」
「あ、それを楽しむのもありだよ。翻訳家によって面白いかつまらないかが決まっちゃったりする」
「ねぇねぇ、まさかみっちゃん」

 本を借りてみた。
 予想通り、英文だったけど、なんだか所々に日本語が手書きで書いてあった。

「これは?」
「単語を書いておくとね、わりと読めたりする」

 学力すげぇ。単純にすげぇ。

「大学のころ、これで論文書こうとしたんだけどね、内容がちょっとあかんかったね。めっちゃ書きにくかったからタニジュンにしたわ。やっぱ日本人には日本人だよ」
「…タニジュン?」
「谷崎潤一郎」
「…フレンドリーだね…」

 そんな話をしていると、マリちゃんがお風呂から上がってきた。

「楽しそうだね」
「まぁね。じゃ!風呂入ってきます」

 みっちゃんはリビングから去った。私はふと、DVDを観ようと思ってデッキをつけた。

「…まさか」
「そんなに言うなら観ようかなって」
「…マジか。俺は光也さんの部屋に避難する」
「なんなら私の部屋でもいいよ」
「いや、JKの部屋は流石にっておい、間髪いれずに再生かよ!」

 マリちゃんはすぐさまみっちゃんの部屋に逃げ込み、置いてあった本を読み始めるが、やっぱり気になるらしく、チラチラと観ていた。そのうちみっちゃんがお風呂から上がると、「うわっ、マジか」と言ってみっちゃんも避難。

「俺ここで寝ていい?」
「やだ」

 そんなこんなで結局三人で観ることになった。

 最後のシーンで三人とも無言。取り敢えず大号泣した。

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