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それから数日、私たちはセルマ病に犯されながらも、それでも変わりなく日々は過ぎていった。
ひとつ変わったことと言えば、浦賀先輩が屋上に来なくなってしまった。
岸本先輩に聞いても、「わからない」と言われて終わってしまう。
本は届いた。『こゝろ』も『夢十夜』も読んだ。
でもそれもよく考えれば日常だった。あの人は、いないことの方が当たり前だったから。
浦賀先輩が来ないかわりに、私と岸本先輩は図書室で過ごすことが増えた。三人で本の話をして、チャイムが鳴ったら授業に出て。
そんな当たり前な日常が一週間くらい過ぎた朝のことだった。ちょうど、三者面談の日の朝だった。
教室がなんだか騒がしくて。私が教室に入ると、急に静かになって。
「小夜ちゃん…」
佳世子ちゃんがなんだか心配そうに私のところに来て、一枚の、握りしめられたチラシを見せてきた。
そこに書いてあった内容は。
「なにこれ…」
私と母のことが鮮明に書かれていた。内容には嘘も本当もある。
「これ、朝来たら黒板に貼ってあって…見たら机の中にも入ってた」
「そうなんだ」
「小夜ちゃん、」
教室の視線が集まっている。多分、好奇心と軽蔑と色々な感情。
「誰?こんなことしたの」
クラスのみんなは黙っている。
「あのね、小夜ちゃん…。これ、多分、他のクラスにも配られてるの」
「え?」
「他のクラスの子も見てたから」
「…あっそう」
「小夜ちゃん、」
「まぁ別にいいよ。
やりたきゃ、やればいい。
誰がやったか知らないけどね、ここに書いてあるのなんてデタラメも本当もごちゃ混ぜなの。でも負けないから。
私は私だもん」
「え、じゃぁさ」
クラスの中の、目立つタイプの男の子が口を開いた。
「ジャンキーでDVで男たらしってのは?」
「ちょっと、なんてこと聞くの!」
「いいよ佳世子ちゃん。
今は知らない。だって、小さい頃から会ってないもん」
「え、つまり捨てられたのはマジなの?」
今度は、別に目立たないタイプの女の子が聞いてきた。
「うん。本当」
「え、じゃぁさじゃぁさ、小学校通えなかったのは?」
うんざりする。
「それ聞いて、何か得しますかみなさん。私のこれまでの人生を聞いて、お役に立てますか。それならお答えします」
そう言って席に座って授業の準備を始めると、佳世子ちゃんが心配そうに声を掛けてくるがそれすらもうざったい。本を読むことにした。
少ししてチャイムが鳴り、荏田先生が入ってくるとすぐに、「小日向さん、ちょっと」と呼ばれ、生徒指導室に移動した。
途中、一喜先輩を見かけた。だが、挨拶すらできなかった。
生徒指導室に入って早々、例のチラシを見せられた。
「これなんだけど」
「はい」
「これは…」
「知りません。私も朝、佳世子ちゃんに言われました。どうやら黒板に貼ってあって、クラス全員の机に入ってて尚且つ、他のクラスの子までこれを持っているらしいです」
「そっか。実はね、職員室の机の上に置いてあって…。どうやらそれは俺と学年主任だけみたいなんだけど」
「そうですか」
「心当たりは?」
「それは内容ですか?それともこんなことされることにですか?」
「…どっちも」
「…される覚えはありません。どこの誰が、こんな、嘘とも本当ともとれないような意味わからないことを書いたのか」
「…本当にないんだね?例えばその…浦賀くんとかあの辺とつるんでるだろ?それでとか…」
「ないです。先生、何か勘違いしていませんか?」
そんなときだった。
生徒指導室の扉がノックされ、開いた。一喜先輩だった。
「ごめん、いまちょっと…」
「あ、すみません。あれ?保村《やすむら》先生と郷田先生に来いって」
「あー、ごめんね。いま臨時でここ借りたんだ。職員室は?」
「いません。まぁいいや。わかりました。もし会ったら図書室にいるって言っといてください」
そう一方的に言って一喜先輩はドアを閉めてしまった。
「先生、いいですよ。私は気にしません」
「うん…いや。
君が気にしなかったとしよう。俺もね、担任だからやっぱりこーゆーのはね、」
「はい、気を付けます。では」
「いや待って」
「なんでですか」
「…本当に大丈夫?もし辛かったら、カウンセリング教室だってあるし」
「教室にいたら迷惑ですか?」
「いや、そうじゃなくて」
「すみません、そうですよね。
いや、ちょっと卑屈になってます。いまあまり話したくありません。
私も図書室にいますから。帰りの三者面談で帰ってきますので。ごめんなさい」
取り敢えずいまの私は何を話しても無駄だ。そう思って立ち去ることにした。
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