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 そのまま何も考えないようにして図書室に向かった。図書室には、一喜先輩がいて、本を読んでた。

「あら、いらっしゃい小夜ちゃん」
「こんにちわ栗田先生」

 栗田先生はいつも通り、優しい笑顔で迎えてくれた。

 ここはいい。静かで落ち着く。

「あれ、わざわざ呼びに来てくれたの?」
「違います。
 今日一日お世話になります」
「あー、仲間になっちゃった?」

 ふと一喜先輩の視線が、私の手元に向いたことに気付いた。

 そこで私も気付いた。チラシをずっと持っていて尚且つ、力強く握り潰していることに。

「まぁ座れ。なんかあったんだろ」

 そう言われて一喜先輩の前に座ってみて、先輩が腕組をして座っているのを見たら安心して、なんだか悔しさが込み上げてくるのがわかった。

 先輩の前に置かれた、ヘッセの『車輪の下』が滲む。

 けどここで泣くのはもっと悔しかった。

 やっと出来た行動は、チラシを机に出すこと。

 一喜先輩は黙ってそれを読んで、それからゴミ箱にぽいっとそれを捨てた。

「幼稚過ぎて言葉も出ねぇや。
 やること幼稚なのに突くとこ幼稚じゃねぇのが質悪い。
 何があった?」

 私は、この前のお店でのことや今日のことを話した。
 一喜先輩はそれを聞いて、とくにみっちゃんのくだりで笑い始めた。

「お兄さんマジいいキャラしてるわ…!いやぁ、ごめん、笑っちゃいけないんだけど…くくっ…!」

 なんだかそんなに、気持ちいいぐらいに笑ってくれるとこっちまでなんか、どうでも良くなってきちゃって。

「でも腹立ったんだろうな、それ。なんかわかるわ。
 でもさぁ、お兄さん良いこと言うね。なるほどね。
 うん、いいじゃんこんなバカ気にしなくても。この程度の干され方なら俺も散々されたし」
「えっ」
「うん。もーさ、こーゆー人の不幸みたいなの好きなやつ、いっぱいいるじゃん?散々だったよ。まわりからは『兄失格』だの『人でなし』だの。
 まぁ逆もまたしかりだよ。それの方がうざかったよ。『可哀想』だの『元気だして』だの『大変だね』だの。
 うるせぇっつーのな。てめぇらに何がわかるんだよって、言いたいけど言えなかったよ俺はね。それがストレス。けど、小夜と同じでさ、ここで逃げたら、悔しい。後はね、俺は考えた。誰に顔向け出来んだよって。だから今いるんだよね。
 こーゆーさ、中途半端なやつ見てると思うよ。抹殺したいなら最後までやれよって。出来ねぇならちょっかい出してくんなよって」
「一喜先輩…然り気無く色々暴露してません?」
「え?まぁいいよ小夜なら。
 まぁでもね、ちょっと嫌なのは…。
 あんまり無理はすんなよ。おかしくなっちゃうから。俺はそいつを知っている。そうなるともう、まわりは何もしてやれないから」
「そいつ?」
「…歩だよ」
「え?」
「まぁそれは置いといて。
 しかし誰だろうな。心当たりないんだよな?これって事実なの?」
「うーん、半分は」
「なんで知ってんだろうな。ストーカー?何?てかなんのため?
 てかこれって…」

 一喜先輩はひとり考え始めた。考えて、

「今頃歩、何してるかな」

 と、全然関係ない話を始めた。

「え?」
「いや…。
 実はさ、俺今日で謹慎終わりなんだ」
「よかったじゃないですか」
「な。急にさ。鈴木っていう被害者?のやつが、俺が無実なのを白状したんだってさ」
「はぁ…」
「まぁ笹木ってやつが犯人なんだけどね」
「笹木さんって、岸本先輩のクラスの?」
「知ってんの?」
「知ってるも何も…私もその人といろいろあったんで」
「…ふぅん…。
 うん、ちょっと繋がったかも」
「はい?」
「…小夜、もしさ。
 もし、今回のことがさ、俺たちのせいだったとしたら、どうする?」
「え?」
「…歩と俺と隆平のせいだったら」

 どうやら一喜先輩は、本気で心配してくれているらしかった。

「…どうもしません。
 さっき言ってましたよね。私は私だから」
「そう…」

 一喜先輩は少し、どうしたらいいかわからないような顔で笑って、そしてふと手が伸びてきた。

 細い指、けど少し短い。血管が透けそうなほど白いその指が頭を撫でて、髪の毛を通り抜ける。
 優しい目。茶色くて薄い。黒い髪が目立つほどに。

「小夜は強いな。芯があっていいや」
「そう…ですか?」
「あのさ」

 ふと目を反らしたのは一喜先輩の方だった。少し照れ臭そうに、さっきまで私に触れていた手で、自分の髪を弄っている。

「俺もなんか本入れてよ。いつも歩と隆平ばっかだからさ」
「いいですよ。と言っても発注は先生なんですけどね。
 誰の本ですか?」
「…萩原朔太郎の『月に吠える』」
「はい」
「だけでいいや」
「わかりました」
「好きなんだよ」
「え?」

 消えそうな声で、一喜先輩は窓の外を見ながら言った。

「『竹』って詩がさ、なんかさ、逆境でもちゃんと生きてるって強さを感じるんだ」
「…入ったら、読んでみます」

 なんだろう、この感じ。
 この、胸が切迫する苦しい感じは。

 でもなんだか、
 とてつもなく暖かい。

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