5
朝の登校中、学校が近くなってきた道端で後ろから「おはよう!」といつも通り佳世子ちゃんに声を掛けられた。「おはよう」と返すと第一声に、
「小夜ちゃん、昨日は大丈夫だったの?」
と言われる。
「うん、ごめんね心配掛けて」
「ううん、いいの、それは。ねぇねぇ…」
佳世子ちゃんは声を潜めてさらに続けた。
「浦賀先輩に苛められたの?」
「…違うよ?」
「本当に?」
「うん。本当に。
昨日自習のときに私がぼーっと外を眺めてたら人がプールに浮いてるのが見えて、助けなきゃって思ってさ。それが浦賀先輩だったの。その時初めて会ったんだよ、あの人とは。なんか先生たちも、苛められてないか?って聞いてきたんだけどさ…。
あの人見た目ちょっと確かに不良みたいだけど悪い人じゃなさそうだったよ?」
「…そうなんだ…。あの人生徒会長だったらしいよ…」
「えっ」
「うん。小夜ちゃんが来る前。私たちの入学の挨拶やる予定だったんだって」
「どーゆーこと?」
「真面目だったみたい。前の生徒会選挙で生徒会長に任命されたんだって。でもなんか、入学式はバックれて、と言うかそのころからあぁなっちゃったんだって」*
「ふぅん…」
「やっぱり良い噂は聞かないよね…。あんなんだしさ…でも、小夜ちゃんがそう言うなら…。
怖いから嘘吐いてるとかじゃないよね?」
「心配ありがとう。違うよ。
でも、佳世子ちゃんの気持ちもわかる。普通、信じられないよね」
多分あの人、入学式バックれてみたり生徒会を突然やめてみたり、いきなりプールに浮いてみたり、破天荒タイプかもしれない。まぁ生徒会はクビになったのかもしれないけど。
でも、そのわりに一生懸命、わかりもしないのに制服を洗濯機で洗ってしまったり、真面目なのもわかるような気はする。単なる気まぐれかもしれないけど。
掴めないなぁ。
なんで突然バックれてやめちゃったんだろう。選挙したということは演説もしたということだし演説するということはそれだけ意欲的だったんじゃないのかな?それがいまでは微塵もないなんて。
気まぐれ、だけではすまない何かのような気がする。思ったよりうまくいかなかったのかな。でもそれくらいで生徒会くらいを投げ出すようなメンタルならそもそも高校受験のあの努力なんて出来る人ではないだろう。
「結局さ、その挨拶って誰がやったの?」
「卒業した副生徒会長だよ」
「先輩の方がなんか…位が下なんだね」
「生徒投票をそれだけ得たみたいだよ。まぁあとは、三年生とかって受験に専念したいし、新入生というか…無理矢理先輩格がやらなくても票取れたからいいんじゃない?ってなったみたい」
つまり先生や生徒からもそれだけの人望があった人だったんだ。
それをすべて蹴ってやめてしまったからこその反動は大きいだろうし、また、なんでそれを蹴ってしまったんだろう。よほどのことがあったのではないか。それこそ苛められたとか。
「なのに急にチャラくなっちゃってさ」
「うーん」
浦賀先輩はあの青空の向こうに、何を見てたんだろう。
「先輩さ、ちょっと私をかばってくれたっていうかさ…ホントは私、助けてもらったんだよ」
「え?」
「先輩を助けにプールに入ったら溺れちゃってさ。だけどあの人、自分を助けてくれたって皆に言ってるの。なんでかな」
「…聞いてみたら?」
確かに、それがいいんだけど。
「印象、少し変わった。あの人、もっとダメな人だと思ってた」
まぁ、そうなんだろうな。
「でも私も、佳世子ちゃんの話聞いて、少し変わったかな」
「どう変わったの?」
「あの人変な人なんだなって」
「それ最初には思わなかったの?」
「思ったけど、なんか違う意味でさ…」
「まぁ、なんかわかる気はする」
これには何か意味がないと私のなかで彼はホントにただ変な人になりそうだ。
そう思って昼休み、意を決してジャージを返しに他学年フロア、浦賀先輩の教室に向かう。
しかし考えてみたら、先輩は来ていないのではないか、そんな気がしてきた。
岸本さんは一緒のクラスだろうか。居たら渡してくれるだろうか。
来てみたはいいが誰に声を掛けていいのかわからない。誰も見てみないフリをするのでいわゆる“アウェイ感”があった。
教室を見回してもどうやら浦賀先輩はいない。
そのうち2年3組の男子4人が、「お、誰?可愛いじゃん!」とか言って絡んできた。
困った。だけどこれは割り切ろう。
「どうしたのー?」
「すみません、あの…浦賀歩さん、いらっしゃいますか?」
その名前を出した瞬間、その男子たちは表情を変え、「浦賀?へぇー、友達だけど?」と言った。
これ嘘っぽいな、なんか。
男子たちに囲まれ、追いやられるように、教室のドアから壁まで後ずさる。なんだろう、なんだか高圧的だ。
「え、君誰?浦賀の彼女?」
「彼女じゃないだろー!あいつ一応いるじゃん!」
「いやそれこの子の前で言っちゃダメじゃね?」
そんな話で笑い合っている。これはこの人たちと話していてもあまり埒が明かなそうだ。
「あの…浦賀先輩いないんですか?」
「えー?」
「私は借りた物を返しに来たんです」
「あー。俺たちもあいつに貸したもんあんだよね。行く?」
「はい?」*
急に一人に手を引っ張られ、こけそうになった。
「ちょっ、なんですか」
「浦賀のとこ行こうって」
一人はかなり調子に乗っているが他三人はわりと乗り気ではないが従っているように見える。
手を振り払うが、「反抗的だな」と言われ、壁に押し付けられた。
まわりの二年生は知らん顔だ。もはや味方がいない。
そう言えば柏原さんが言っていたことがある。『喧嘩は少しやられてから半殺しにした方が有利だ』って。正当防衛が成り立つって。
これってその状況かな。
怖いけどやってみないといけないかもしれないと思って覚悟を決めたその時だった。
- 6 -
*前次#
ページ: