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 ついに迎えたホワイトデー。年甲斐もなく浮き足立つような、それでいて気持ちは重いような、微妙な心境だった。

 ただ一つの心配は、雪子さんは今日来るだろうかということだった。
 そーゆー日に限ってわりと雨が降る。

 高校の前まで来ると、卒業式の看板が出ていた。
 そう言えばそんな時期か。

「みっちゃん、決戦の日だね」
「ん?」
「ホワイトデー!頑張って作ってね!」

 とか笑顔で小夜は言う。ドアを開けて傘を差してやる。制服のリボンが若干ずれてることに気付いた。

「小夜、リボンずれてる」

 ついでに傘を渡してリボンを直してやる。

「ありがと…」
「ん。
 今日は寒いな…。ちゃんと暖かくしてな」

 頭を撫でてやると、にっこりと笑って頷き、「みっちゃんも真里ちゃんもね!」と言って背を向けた。

「俺も頑張るわ。ありがとな。じゃぁ、いってらっしゃい」

 そう言って手を振ると、小夜も手を振って、友達を見つけ駆けて行った。
 車に戻るとすぐに発進。

「卒業式かぁ」
「小夜は来年だな」
「そうだなぁ…」

 そっか。

「来年には俺たち、ここ来るのかな?」
「…うーん」

 来年には、こんな生活はしていないのかもしれないな。
 この感覚は昔、味わったような気がする。

「なんか懐かしいな、この感覚」
「え?」
「いや、」

 当時は気付かなかった。
 俺はなんだかんだで、この曖昧で脆くて、だけどなんか強いこの因果のような関係でなければ、多分居心地が悪いんだろうと。

「まぁ、まずはアップルクーヘン成功させようね」
「そうだなぁ」

 いつでも真里はこうして応援してくれる。俺のことも小夜のことも、おっさんのことも。

「俺思うんだ」
「ん?」
「お前やっぱ神だよね」
「今更かよ。小夜なんか毎日のように言ってるよ?」
「それはそれでどうなんだ」
「別にそんな高尚なもんじゃないよ。フツーだよ」

 ある意味俺よりも悩みが少ないのは、自分の中でわりきるのが人より早いからかもしれないな。

「お前さ、ストレスとか溜まんないの?」
「ん?溜まんない。その前に大体出す。大体みんな聞いてくれるじゃん」
「まぁ、そっか」
「あんたと違ってその辺は上手いからね」
「あぁ…確かに」
「でもさ、簡単だよ?
 相手のことを知りたかったら自分も同じくらいの話をしたらいいと思うんだけど。
 まぁ、タイミングをミスると相手の情報と自分の情報のバランスが釣り合わなくなったりするけどね」
「おぉ…」

 流石だな真里さん。

「それ繰り返してたらわりとストレス溜まらないよ」

 それは少し違う気もするけど、まぁなるほど。

「光也さんわりと自分の話、苦手だもんね」
「そうかも」
「でも不思議なのは一見明るそう、てか気さくな兄ちゃんに見えるんだよなぁ」

 そうなのか。

「接客してるからじゃない?」
「まさしく、接客向きなんだよなぁ…なんなんだろ」

 真里が悶々と考え始めたあたりで駐車場についた。
 昨日買っておいた材料を持って車を降り、二人で店に向かって歩いていると、「真里、光也!」と後ろからおっさんの声がして振り向けば、なんかスーパーの袋をぶら下げていた。

「おはようございます」
「おはよーさん。あれ、光也どしたのそれ」
「おはようございます。
 え?材料」
「あ、マジ?なんだ、実は俺も…」

 あぁ、そのスーパーの袋、そーゆーことか…。

「うわ、ごめん…」
「まぁいいや。アップルパイ作ろっかな。大して材料変わらんし。お前そんな気合い入ってたんだな」
「…まぁ…」
「アップルパイとか久しぶりだわ。売るなら明日だな」
「時間かかるんすか?」
「パイ生地って寝かせるからね」
「そうなんだ…」

 それって結構手間かかるな。

「どした光也」
「いや、この前もらったからさ。結構手間かかるんだなぁって」
「へぇ、もらった」
「うん、久しぶりに作りたくなったからって…。手のひらサイズくらいのやつ一個」
「切り身じゃなく?」
「切り身って…。
 うん。ホール?というかなんというか」
「やっぱさ、今回わりと脈ありだよな」
「えっ、そうかな」

 そう言われると動揺しちゃうだろ。

 店について鍵を開けて、さてオープン作業と思いきやおっさんがテーブルに掛け、俺たちも向かいに促されるから仕方なく座った。これは話足りないと言うことかな。

「うん、脈ありだと思うよ。
 だってアップルパイってさ、結構時間かかるもん。そんなん作ってバレンタインなんてさ、それ最早告白じゃん」
「あれ、でもさ、あの人確か…」
「…林檎もさ、旦那さんも好きだったんだってさ」
「…あ、ちょっと理解したかも」
「うん、多分合ってるよその予想」
「未亡人との甘美な恋愛」
「光也さんも林檎好きだよね」

 おっさんの下ネタじみた一言は最近、お世話係の真里すら完全無視するようだ。可哀想に。目すら合わせてやらんのか真里。

「うん。それ言ったら喜んでくれた。それはいいけどおっさんが流石に捨てられた猫みたいな目で見てるよマリちゃん」

 漸くおっさんを見るとおっさんが真里に「にゃーん」とか言っている。わりとダメージなかったらしい。

「じゃぁ何を悩んでたわけ?」

 無視すると決めたらしい。

「流石に冷たくないか二人とも」
「いや、柏原さんは一回一回相手してると何も進まなくなる日があるってバイト時代に散々学んだんで」
「お前らそれでも構ってくれてたじゃん!」
「うん、よしよし。後でね。
 俺にはあまり障害があるように思えないんだけど」

 確かに真里には特にそう思うかもなぁ。

「うん…。多分ない」
「人の色恋沙汰なんて様々だよ」

 それをこの人に言われると黙るしかないんだよなぁ、俺たちは。

「悩まない人間関係なんてないよ。まぁこいつはね、無駄なこと悩んでたりするけどね」
「そうかなあ…?」
「でも今回は珍しく行動的だよね。最早どう転ぼうがここまで来たらやるしかないけどね。ただ光也さんあるあるは、可能性を棄てることかな」
「あー、あり得るね」

 え、そんなつもりないんだけどな。だからこうして行動もしてるんだけどな。

「あ、迷宮入り一歩手前な顔してる。はい、光也、その前に帰ってきなさーい。
よし、仕事すっか」

 漸くオープン作業を開始することになった。

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