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ほぼ何も考えずに家を飛び出してしまった。
こんな時に思い付くのは一人しかいなくて。
ケータイ画面に表示される人物。そもそもこんなことを話してもいいのか、気が引けるところも少しはあるが、何分俺は今困ってしまっている。
5コールくらいで漸く出てくれた。よかった。
『もしもし…?』
こんな時間なのに全然不機嫌そうでもなくて。
「ごめん、遅くに」
『うん…』
「…今から会えね?」
『…いいけど』
「お前ん家行くよ。変わってないよな?」
『あ、そっか。あれから毎回飲み屋だったっけ。
うん、変わってない』
「わかった。悪いな」
電話を切ってメール画面を開いた。小夜に取り敢えずメールしておこう。起きたら絶対驚くだろうからな。
えっと、なんて書こうかな。メール機能とかしばらく使ってなかったからな。文章が出てこないな。
朝飯はいらない。
うん、これは伝えよう。
いつ戻ろうかな…昼には戻りますにしようか。あ、美容院いこうかと思ってたけどまぁいいや。それまでは光也さんの介護…いや違うな。お守り?
俺ってなんであの人と一緒にいるんだっけ。
最後の一文。
それまでは光也さんのお世話係、よろしくにしようかな。
気持ちも凄くわかるんだ。光也さんの気持ちが痛いほどわかるんだ。
はっきり言って全然さっきだってあの人はなにも言葉に出来てなかったんだろう。だからこそわかるんだ。
だからはっきり何が伝えたいのかわかっちまうのが、長年一緒に居たことの特権であり、こんな時に邪魔になるのかもしれない。
でもあんなのって。
言われなきゃわかんなかったって訳でもないんだよ。
ただそれを言われてはっきりされてしまったことに動揺してるんだろうか。
いや、動揺じゃない。
多分俺は今完全にイライラしてるんだ。
なんでイライラしてんだろ。
いままでと変わらない。思いは伝わっているけどそれが思うようにならないのは始めからわかった上で、だけど逆にその方が居心地がいい環境だったからここまでやってきてたんだよな?
それを謝られたことに、なんで腹立ててんだろう。
俺だってわかってたんだ。
多分、光也さんがあぁやって無駄に罪悪感みたいな変な気持ちになってることくらいは。
でも一緒にいたんだ。
逆に、言わない俺の方が悪いのか?多分違うな。
いつかはどちらかが言うはずだった。多分言っても受け入れる。俺もいま、実は受け入れてるのに今のこの行動はなんなんだろう。
取り敢えず小夜、ホントに申し訳ないがちゃんと一緒に居てくれよ。俺わりと最低なことをしたと思うんだ。
コンビニで酒とつまみを取り敢えず買って目的地に向かう。
これまた最低ながら目的地は、俺が唯一人生で愛せた女の家だ。
ズバリ元カノ。現友人宅へ。
歩いて行くとわりと距離があった。着く頃には結構空が白んできていて。それでも元カノ、現友人の根本菜月《ねもとなつき》は起きていてくれて、チャイムを鳴らすと眠そうにドアを開けてくれた。
交際当時よりやはり少しは大人になったと思う。ここで少しだけ暮らしていたのを思い出す。昔は染めて緩く巻いていた髪も、今は真っ黒で肩くらいに真っ直ぐ伸びて落ち着いた雰囲気だ。
久しぶり(と言うか付き合っていた頃以来)に菜月のすっぴんを見た。女ってやっぱ凄い。
「お、はよう…悪いな、急に」
「あー、おはよう。そんなにじろじろ見ないでよ…入って」
「あぁ、悪い悪い」
促されて取り敢えず部屋に上がった。懐かしい。一時期ここを行き来していた。
別れてからは、会うときはどこか飲みに入っている。
ただ、知ってる部屋よりだいぶ物が減っていた。なんだろ、引っ越しとかかな。
「随分物減ったな」
「うん。実は引っ越すんだ。
まぁそれはあとで。
今日はどうしたの?」
「あぁうん。悪いな、急に。取り敢えず…」
コンビニの袋を見せるとふう、と奈月は一息吐いた。
テーブルに促され、二人で座る。ふと目についたコースターや食器棚のグラス。
どうやら今、菜月には恋人がいるようだ。
「…ごめん、急に」
「うん」
変な間が生まれた。多分俺の話を待ってるんだろう。
だけどここまで来ておいて、なんだかそれを話すのもやっぱり微妙だなと今更思えてきてしまった。
「…真里さ、」
突然菜月は吹き出すように笑いだした。
「なんだよ…」
「いや、なんかさぁ…スゴい…この世の終わりみたいな顔して家に来たかと思えば…なんか子猫みたいにしゅんとなっちゃってさ…」
「なっ、え?」
言いながら徐々にツボをじっくりと押していったらしい。椅子に座っているのにも関わらず行儀悪く体育座りで腹を抱え込み、顔を埋めている。肩が小刻みに揺れてるからきっと凄くウケてるんだ。なんか腹立ってきたな。
「そんなに笑うことないだろ…なんだよこの世の終わりからの子猫って」
「ふっ…それセンスある…!」
「ねぇよ!てか行儀悪い!」
全く。一応女だろうに。
「あー、朝から血圧上がるわ」
「健康にいいじゃねぇか」
「酒飲んでるけどな!」
「ほれ、」
仕方なくビール一本開けて渡してやり、乾杯する。
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