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「もう、一年になるのね」

 ふと、渡辺先生がそう言った。岸本先輩と渡辺先生が、なんだか悲しそうに見つめ合う。

「ごめんね岸本くん」
「いえ、渡辺先生のせいじゃないですよ。あいつも俺も…ガキなだけですから」
「でもね…。
 大人になったらそれは薄れちゃうから。大切なことだよ」

 なんかきっと。
 浦賀先輩と岸本先輩には過去がありそうだ。

「昨日…」

 岸本先輩は突然暗い顔で私を見た。席を促されたので取り敢えず座る。

「昨日、あいつ、何してた?」
「え?」

 渡辺先生も心配そうに見つめてくる。仕方なく、もう何度目で何人目だかわからない説明をした。
 だけど今回は、渡辺先生も岸本先輩も、納得したような、それでいて悲しそうな表情で頷くだけだった。

「今回は悪かったな」
「いえ…」

 昼休み終わりのチャイムが鳴った。

 そう言えばご飯を食べていない。まぁ、次は自習だしいいか。

「岸本先輩、お昼ご飯、食べました?」
「いや、」
「ちょっと自習の出席だけ取ってきます。ご飯食べましょう。ここにいますか?」
「…まぁ」
「どうせこんなにゆっくりしてるなら岸本先輩もあんまり大した授業じゃないですよね?付き合ってください。なんなら浦賀先輩も一緒に」

 岸本先輩が唖然としてるなか、渡辺先生が吹き出すように笑った。

「たまにはいいんじゃない?どうせ浦賀くん、もう一度ここに来る予定だと思うよ?
あなたが来るとね、一回どこか行って授業の時間になって、あなたがいなくなる時間に戻ってくるの」
「へぇ…」
「では、また!」

 取り敢えず急がなければ、遅刻になってしまう。

 次の授業はプリントをやれば問題がない授業だ。出席さえ最初に取れば後は配って先生は寝ている。

 早歩きで教室まで戻って席につくと、授業開始のチャイムが鳴った。

 先生はお休みの子の欠席だけ確認して後はプリントを配り、幸いにも今日はどこかへ行ってしまった。

 よし。

 急いでお弁当を持ってスクールカウンセラー教室へ戻る。開けると、浦賀先輩が丁度戻ってきたところらしく、岸本先輩を見て不機嫌そうな顔をした。そして入ってきた私を見て、驚きの表情に変わり、渡辺先生を見た。

「なんでそれまだいんの?で、なんでこの子来たの?」
「一緒にご飯食べようだって」
「は?」

 私がお弁当を見せると、浦賀先輩は顔をしかめた。

「昨日のお詫びをしてください。私のランチタイムに付き合ってください」
「なっ」

 渡辺先生はまた笑った。

「小日向さんなかなかやるねー。ほら浦賀くん、女の子にこう言われちゃったら仕方ないでしょ」
「…浦賀を困らせるなんて、君は凄いな」
「ちょっと生徒会長、一年のうちからこれは先行きがヤバイんじゃないの?」
「お前が言うなよ」

 浦賀先輩は言葉に詰まり、「あーはいはい、今回は俺の負けね。負けました。じゃぁ仕方ないなぁ…岸本、飯買いに行くよ。
じゃぁ今日は外ね。せんせーも行く?」
「そうしよっかな」

 スクールカウンセラー教室には“休診”の札を出し、私たちは、この棟の下の階にある食堂に一度寄ってから、一番上の屋上まで移動した。

 屋上の鍵は渡辺先生が開けてくれた。開けてくれて早々、浦賀先輩と渡辺先生は少し離れ、タバコを吸い始めた。

 良いのか悪いのか。

 しかしどうもタバコの話で盛り上がってる。

「先生も浦賀も一応やめてくださいねー。吸殻はケータイ灰皿に!」
「そんなんでいいんですか?」
「言ってもやめないから」

 吸い終わる二人はこっちに来た。

「で?」
「ん?」
「君さ、どういう風の吹き回しなの?」
「気分、ですかねぇ」
「えぇ?」
「明日からここでお弁当を食べましょう。みんなで!」
「えー…」
「お昼だけ学校に来るのでも構いませんので。なんならお弁当作ってきますから」
「…あんた変わってるね」
「よく言われます」
「褒めてないけど」
「だって、おかしいんだもん」
「は?」

 だってそうじゃないか。

「いきなり水に浮いてるしなんかカウンセリング教室通ってるしヤンキーだし、仲悪そうにしてるけど実は生徒会長となんかありそうだし。私気になっちゃった。
 そのくせ意外と律儀だしなんか感性豊かみたいだし。ちょっと面白そうじゃないですか」
「…なにそれ」
「いいです。勝手に私が気になっただけなんです。
 私は、気になったものは放っておかないようにしています。単なる気休めですけど、そうしないと失う物がたくさんあると思うんです。それは嫌なので。私の変な癖に付き合わせてすみません。嫌なら嫌で構いません」

 そうやって失ってしまったものだってある。悔しい思いだってした、なんなら手を伸ばしても届かないものだってあった。
 だからやれることくらいやってから…。

 岸本先輩が笑った。浦賀先輩は目をぱちくりとさせている。

「また負けたな浦賀」
「…あんたさ」
「はい」
「とってもうぜぇな」

 けどなんだか哀愁を込めた笑顔で笑った。

「うぜぇけど勇気あるし良いやつだな。多分、苦労してきてんだろうね」
「いえ、多分あなたほどではないですよ。
私ね…、わりと臆病者なんですよ。だけどそれだと…なにも変われないかなって思ったんで。変われなきゃ…」

 変われなきゃ、また繰り返す。

「大人にはなれないから」
「こーゆーお節介さん、一人くらい居るといいね。浦賀くん今日から学校サボれないよ」
「…そうだねぇ」

 浦賀先輩の遠い目。私は、その先を少し見てみたいだけなんだ。

「気が向いたらでいいんで、なんで浮いてたのか話してくださいね。私もそしたら話しますから」
「…変なやつ」

 確かにそうかも。変なやつ。
 でもそれはあなたもそうなんです。

「浦賀」
「何?」
「俺もいつかは聞きたい。そしたら俺だって」
「はいはい。お前は…」

 そこからは語らない。今日は多分、ここまでだ。

 それからはみんなで雑談をした。授業終わりのチャイムで私と岸本先輩はそれぞれ教室へ戻った。

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