20
翌朝、朝食を作りラップを掛けて冷蔵庫にしまってから、荷物を持って、手紙を残して俺は雪子さんの家を出た。鍵は手紙の上に置いた。
永遠からしたら本当に、一瞬にも満たない恋だった。それだけでも俺には、濃い時間だった。
雪子さんもそうであってくれたら少しは嬉しい。ふと、ちょっとで良いからある日思い出す程度で全然構わない。むしろそのくらいの方が雪子さんは辛くならずに済むだろう。
なんなら忘れてくれても本当に構わないから。
また俺は一人になってしまったな。でもどうせなら、謝って帰ろうかな。今なら前よりお前らの気持ちわかったような気になれたから。
幸せだったよ。
あんたもきっと、そうだったんだろうけど。
あんまり辛そうな顔も、あんな、泣きそうな顔はもうさせたくないからさ。
本当にわがままでごめんなさい。
もう少し、気付かないでいられたらよかったのかな。そしたら、もっと長くいられたのかな。でもこんな痛み、このまんまでも、いいよね。
俺は一瞬でも忘れたくないんだ。色褪せたくないんだ。
また店の仮眠室で寝てようかと思ったが、全然寝れない。カウンターで突っ伏してた方が落ち着くような気がする。
なんて謝ろうかな。やっぱり都合が良いやつでホントごめんね、なんて言うべきなんだろうか。
うだうだ考えてたら店のドアが開いた。
そんなに時間が経ったかなぁと思って時計を見たらまだ6時くらい。雪子さんの家を出て1時間も経っていなくて。
振り向こうとしたら、首筋に何かが当たった。びっくりして振り向くと真里が、仏頂面でホットココアを持っていた。
ココアを受け取ると、無言で隣に座り、頬杖をついてやっぱり仏頂面だ。
「…早いな」
「ん」
「…真里、あのな…」
自分でも驚くほど声が出ない。まるで捻り出すような声だ。
横目で真里は俺を見る。自分でも、なんでだかわからない。今、絶対苦しそうな顔をしてるだろうに、笑おうとしてしまって。
「ごめんな」
声が、驚くほど震えていて。鼓膜に自分の声が届いた瞬間、胸が急速に締め付けられた気がした。
「…うん。いいけど」
素っ気なく言う真里の横顔はいつも通りだった。
「…文句言ってやろうかなって思ったのにね」
「うん」
「卑怯だよ。怒ってたのに、そんな顔されたら言えるわけねーじゃん…」
「いいよ…だって」
「うるさいなぁ。ぜーんぶどっか行っちゃったんだってば。甘いなぁ、俺も」
「…ホントだよ」
「あ、言わねぇのを良いことにしやがって!まぁいいけどね。
俺こそ、ごめんね光也さん」
「真里、俺さ」
「ん?」
「お前はさ、俺にとってさ…やっぱりお前が望む形の一番ではないかも知れないんだ。だけど、だから、絶対傷付くと思うし傷付けたと思うんだ」
「うん。まぁ…。
でも俺始めからさ、そんな高尚なもんになろうって思ってないし思ったこともない…、いや、それはまぁ嘘だけど、でもね、俺わりと今のままの関係好きだよ。別にこれで苦しくなったりしないよ?充分幸せだからさ」
「…ホントに?」
「うん。そりゃぁあわよくばってのはあるけどさ」
きっとそれも少し位は嘘なんだろうけど。
「俺、お前のこと好きだよちゃんと。例え違う形でも、一生分は好きだよ。
一生分くらいでいい?」
「全然嬉しい。俺もそんくらいは好きだから、違う意味でも、そーゆー意味でも」
なーんだ。
思わず笑ってしまった。「どうしたの?」なんてマジメな顔して言われた。
「いや、なんか」
「考えすぎたなって?」
「うん」
「ホントだよ。でもね、気持ちわかるからいいよ、もう」
そう言って笑ってくれた。
「あ、小夜には一緒に謝ろうね。小夜は全然ワケわかってないからさ」
「うん」
安心したら眠くなった。突っ伏してたらいつの間にか寝てしまった。
****
8時くらいになり柏原と小夜が出勤すると、カウンターに突っ伏して眠る真里と光也を発見した。光也は真里のコートを肩に掛けている。
昨日の帰り、真里に、明日の朝出勤の時に小夜を一緒に連れて行ってくれと頼まれた。今二人を見て、意味を理解した。
真里は店のドアの開閉音で起きたが、光也はぐっすり寝ていた。真里が振り返り、頭を下げる。そしてその筋が通った鼻の前に人差し指を立て、「しーっ」と言った。
真里は静かに椅子から降り、「おはようございます、小夜を、ありがとうございます」と、柏原に小さな声で挨拶した。
「仲直りしたの?」
小夜が小さな声で聞くと、真里は嬉しそうに笑って、「心配かけたな」と言う。
すぐにまた真里は光也の隣に座り、優しく背中に手を置く姿が微笑ましかった。
「仕方ないな…あと10分寝かしといてやれ」
それだけ言って柏原は物音を立てずにバックヤードに消えた。小夜も空いてる方の光也の隣に座り、頬杖をついた。
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