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4時半、アラームが鳴って起きると、小夜が隣に居なかった。そして、台所の方が明るくて、一瞬判断が遅れた。
何ヵ月か前までは、たまには普通にあった光景だった。彼女が朝飯を作ってくれていたのだ。だけど、今は違うはずだ。
はっと意識が現実へ戻り引き戸を開けると、小夜が台所で何かを切っているようだった。足元には、捨てるために束ねておいた週刊漫画誌があった。
「おはよう…小夜?」
すぐさま小夜の側に寄ると、小夜はにっこり微笑んだ。
いやいやにっこりじゃなくて。
長い髪が束ねられている。よく見ると輪ゴムだ。
小夜の手元を見ると、冷蔵庫にあったのだろうウインナーが、色々な形で切られていた。
定番のカニ、タコ、あと何だろ、ウサギかな?半分に切ったウインナーが合体したものとかがある。
案外器用だな…。やっぱ、女の子って違うなぁ。
「寝てる…?」
「あ、あぁ、うん…」
なんか邪魔になりそうだな。
まずはポットに水を入れた。
「手ぇ切んなよ。
なんか飲む?つってもコーヒーか紅茶か…」
「牛乳…」
やっぱまだ喋りにくそうだな。
牛乳を電子レンジで温める。チン、と音が鳴るのとほぼ同時に湯が沸いた。俺は自分のカップにインスタントコーヒーと砂糖に湯を半分注いで、あと半分牛乳を入れた。
電子レンジから温めた牛乳を取りだし、カップ二つを手に部屋へ戻る。
まだ少し幼い小夜は心配なのでコーヒーを飲みつつちらちらと横目に見張る。そこまで慣れたような手つきじゃないけど、なんとかやっているようだ。
カーテンを開けようかと思ったが隙間を覗くとまだ薄暗い。電気をつけることにした。
キッチンまで灰皿を持っていき換気扇の下でタバコを吸う。出来るだけ煙が小夜に掛からないように。
「朝ごはん何?」
「ウインナーとパン」
「俺も一個作ってあげるよ」
タバコの火を消し、冷蔵庫から卵を2個出す。ご飯茶碗に卵、牛乳を少し入れてかき混ぜた。
「上手ね」
「そう?」
じっとこっちを見ていてウインナーを焦がしそうだ。「焦げちゃうよ?」と促すと、再び思い出したかのように火を止め、皿に盛り付けている。
「パンさ、電子レンジで焼いてくれる?オーブンで1分くらい」
小夜はパンを一枚づつオーブンで焼いた。その間にスクランブルエッグが完成。バターをパンに塗って、パンの上に乗せた。
ちゃぶ台まで運んで二人で手を合わせて食べた。
「今日俺バイトだからさ、昼まで一人な?
昼頃には終わるから、したらなんか食いに行こっか」
小夜は頷いた。やはりちょっと無理して早起きしたのか、食べながら寝そうである。
「小夜、落ちるよ卵。
で、帰りに夕飯の買い物に行こうか」
こくこくとしている。
これ、頷いてるんじゃなくて眠いのか。
「仕方ないなぁ。食べたら寝ていいよ」
頭を撫でたら少し顔を上げた。
「ウインナーかわいいじゃん。写メ撮っとくわ」
小夜はにっこり微笑んだ。
そういえばよく笑ってくれているけど今日は、小夜の笑顔を初めて見たような気がする。
食器を洗ってから出勤しようと思ったが、小夜が寝ながら食べているのでそんな余裕はなくなってしまった。
やっと食べ終わったところで仕方なくベッドに寝かせる。
「ありがとう、ごちそうさま」
聞こえたのか聞こえてないのか、一瞬目を開けたがすぐ寝息を立てて寝てしまった。
歯を磨いてバイトの準備をして家を出る。この調子なら昼まで寝てるだろう。
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