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 毎回飲む場所は決まっている。店のすぐ近くにある個人経営の居酒屋、“からすのおさと”、通称カラス。ランチもやっている居酒屋で、店から近いのと、何より大将の人柄もあって、俺ら以外のウチの従業員もよく利用する。カラスの従業員達も、よくウチに来てくれている。

「おぉ、いらっしゃい!
 あれ、久しぶりだね!」

 いつもいる、少し小太りのおじさんが、俺を見るなりすぐさま声を掛けてくれた。

「お久しぶりです!」
「こっちのでっかい子はたまに来るけどね!仕事帰り?」
「そうそう」
「まぁ、好きなとこ掛けてよ!」

 店の大きさで言うと50席くらいの小さな店である。50と言っても、10組くらいしか多分入れない。奥の方が座席で、手前側がテーブル。通路が一人分くらいのスペースで、通路の隣、店の真ん中にキッチンというか調理場がある。

 俺達は座敷席に座ることにした。通路を通るときに厨房の大将に挨拶をすると、やはり、「うわぁ、久しぶりだねぇ!」と言われた。

 座敷席の一番奥に座ると、さっきのおじさんがすぐに来てくれた。

「山崎ハイ2つでしょ?」
「あ、なんかそう言われちゃうと白州《はくしゅう》にしちゃうかな」
「はっはっは!渋いね〜!兄ちゃんもそれでいい?」
「あー、マリちゃんそっちかー。
 じゃぁいつもので」
「白州と山崎ね〜」

 おじさんはすぐ作って持ってきてくれた。

「お揃いじゃないんすか〜」
「天の邪鬼なの。
 はい、カンパーイ」

 取り敢えず乾杯して一口。美味い。さすが山崎。

「ホント久しぶりっすね」
「そうだな」
「今夜は返しませんよ」
「なんだお前ー!」

 そこからはいつも通りのメニューと、勧められた物を頼み、他愛のない話をした。

 話のトーンが変わったのは中盤、4杯目くらいの、ハイボールかられんとに変えようかなと思った頃だった。

「光也さんさ、なんで別れたの?」

 ちょうど真里のも空になりかけだ。こいつは飲む酒を大体変えない。頼もうかと思い近くにいた韓国人のお姉さんを呼んだ。この人も毎回この店で働いている。おじさんはどうやら、テーブルの方にいるらしい。

「ハイ」
「れんとのロックと、」
「俺も同じので」
「レんとのロック2つ…」

 伝票に書きながら店員さんは下がった。

「珍しいな」
「たまにはね」

 すぐにおじさんが持ってきてくれた。受け取って一口飲む。

 久しぶりに飲むと、少し癖の強さが目立った。だが、それがいい。

「なんでってかまぁ、振られた」
「あーね」
「まぁ浮気されてたらしい。言われたわ、刺激がないって。
 確かに、あいつとはマンネリ化の延長線上みたいな関係やった、正直。けどそれを出さんようにとした努力が多分、『優しすぎて刺激がない』言うんかな」
「はぁ〜なるほどね。
 女って贅沢だなぁ。まぁちょっとわかるような気もするけど」
「というと?」
「確かに光也さん優しすぎるからなぁ、最早お人好し、ここまでくると無差別。それが良いのか悪いのかってやつだよね」
「うーん」
「何も優しくすりゃぁいいってもんじゃない。たまにあんたの優しさ、ちょっと怖いよ」
「…」
「だって自分を省みないんだもん。人には優しくて自分にはなんかそうでもないってさ、見てるとちょっと怖い。大丈夫かなってさ」
「そんなもんかね」
「まぁ、俺は光也さんのそんなとこ好きだけどね。でもちょっと不安にはなるかな」

 なんか話が逸れている気がするがそれでいいや。その方がいい。あんまり自分の話をしてると辛くなる。

「今は?」

 だけど、そうもいかないらしい。

「今?」
「なんか日々急がしそうじゃん。新しい人でも見つかったかなって」
「いや、そーゆーわけやないけど」

 言葉を濁すと、真里は見つめたままれんとを一気飲みした。

「これうまいっすね。
 おじさーん!これもう一杯!」

 それじゃ絶対店員さんわからんだろうと思い、覗き込んでおじさんに、「れんとの水割り一つ!あとお水!」と追加で叫んだ。おじさんは頷いてくれた。

「真里は最近は?」
「恋愛相談」
「お、ええやないか」
「光也さんたまに関西弁出るよね。多分気分が上がった時」
「たまに自分でも気付くときもあるけど…」
「そっち?産まれ」
「京都」
「へー、遠っ!
 え、なんでまたこっちに?あっちにも色々あったんじゃないの?」
「まぁまぁそれは置いといて」
「いやいや知りたい。それからにしよ!」

 なんだかなぁ。真里の人懐っこさは時に胸に来るなぁ。

「いや、別になんもないよ。たまたま行きたかった大学が東京だっただけ」

 さっき真里の分のだけ頼んだつもりが、れんとは2杯分と水が一杯来た。俺はロックがいいんだけどまぁいいや。俺のも空いてるし。

 真里の前にれんとを置くと、真里はグラスを傾けながらじっとこっちを見る。

 なんか、見透かされてるようで嫌だな。

 今度は俺の方がれんとを一気飲みする羽目になってしまった。
 視線が、耐えられない。

「…ペース上がりましたね。なんか飲みます?」

 だけど追求しないのはきっと真里の優しさだ。

「久保田千寿《くぼたせんじゅ》にしようかな」

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