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 控え室に再び入ると、休憩中の真里《まさと》がいた。

「あれ、光也《みつや》さん、忘れもん?」
「いや、今からまた」
「え?」

 どうやら店長はいないらしい。
 俺に電話した後ソッコーで出て行ったんだな。

「店長いねぇのか。
 店長何時から?」
「それがさ、14時半からなのに来てなくて…」
「あー、なるほどね」

 時計をみると38分。早めに入った方がいいかな。

「実は頼まれてな、店長にさっきさ」
「は?」
「なんか病院行くってよ。店に連絡なし?店の電話から掛かってきてたけどな。15時に着くように行きますとは言ったんだけど…」
「あいつ…」
「まぁすぐ行くわ」

 余裕あるかと思いきや、案外なさそうだ。

「女の子来ないよね?時間惜しいからここで着替えていい?」
「俺は全然構わないけど」

 真里の了承を得てその場でソッコー着替え。

「ちょっと焦らなくてもいいんじゃないですか?15時って言ったんでしょ?」
「まぁ言ったけどさ」
「あいつが悪いんだし」

 うーん、学生理論だなぁ。
 はい、着替え終了。

「つかやっぱあんた細いな。洗濯板じゃん」
「うっせ!」
「タバコ行きますか」
「え?」

 いやいや急いでるって。

「いいから。
 つかね、逆にやんない方がいいよ、そのサービス精神」
「…」
「ほらほら、急いで」

 なんか言ってること、ちぐはぐな気がするけどまぁいいや。

 取り敢えず、いつもの、店の前にある喫煙所でタバコを吸う。店から喫煙所の距離なんてほんの数メートルなのに、汗をかく暑さだ。

「なんで入っちゃったんすか」
「別に俺暇だしいいやって。金になるしね」
「金にはなるけどさ、やりすぎ。知りませんよ?こんなのキリないじゃん。だってあんた今日8時間やってたじゃん」
「社会人になったら残業くらいあるっしょ」
「そうだけど…。そうじゃなくて」
「まぁ心配してくれてありがと。大丈夫。まだやれるから」
「だーもー!お人好しなんだから!
 決めた!今日飲み行く、あんたと!」
「え?」
「暇なんでしょ?奢るから行きましょ」
「うーん」
「じゃ宅飲み」
「高校生かよ」
「はい、行くよ!」

 強引だなぁ、まったく。

 真里が先にさっさと歩いて行ってしまったので、それに着いて行くように店舗に入った。

 結局その日は3時間残業。店長は、「なんかぁ、結果が悪かったのぉ」とか言って休みとなったが、さすがにこれ以上は付けられないということで俺はあがり、その日入っていた社員の嶋田《しまだ》さんが店長に、
「診断書の提示をお願いします。申し訳ないのですが上にも、バイトに残業代を付けたということで報告いたします」

 と、一言。嶋田さん曰く、

「いや〜かなり動揺してたわ〜あいつ。どうせ診断書なんて持ってこれないだろうな」

 と、愉快そうに話していた。この人は、次期店長を狙うベテランの社員さんだ。 元々きっちりした人で、店長みたいなヤツが嫌いだった。

 あがりが真里と被り、そのまま居酒屋に行くことになった。

「ちょっとさ、一回電話してもいい?」
「いいっすよ」

 何時に帰るかわからない。これは小夜が心配だ。

 控え室を出てケータイを取り出す。ケータ イで呼び出したのは姉貴の番号。2コール目で姉貴は出た。

『もしもし?』
「あ、もしもし姉ちゃん?」
『どうしたん?』
『お母さんお母さん!』
『はいはい、ちょっと待ちぃや!』

 電話の向こう側から甥と姉貴のやり取りが聞こえる。賑やかだなぁ。

「今大丈夫?」
『うん、大丈夫やけど』
「ごめん、あのさ、今日ちょっと小夜の夕飯作ってくれない?あるもん使っていいから」
『いいけど…夜勤か?』
「てかちょっとな。
 残業した後に飲み行くことになって…早く切り上げるつもりだけど…」
『あー、なるほどね。
 てか、家に迎えに来たらええやん。近いんやし。預かるで』
「え、マジ?」
『たまにはな』
「ヒロさん大丈夫?」
『あぁヒロ?大丈夫やろ。女の子欲しい欲しい言うとるから。てか会ってみたい言うとったし』
「え、…」
『あー、話してはある。
 じゃなきゃこんな面倒みれんやろ』

 うわぁぁ、マジか。てかそっか。

「…恩に着るわ」
『まぁ来る頃電話してぇな。あれ、今あんたどこにおるん?』
「バイト先」
『なるほど。ちょうど買い物行くところやったから小夜ちゃん拐ってくわ。ほな』
「あ」

 電話は一方的に遮断された。礼のひとつも言う間もなかった。

「…忙しないやつ」

 まぁありがたい。後で菓子折りでも持って行かないと。

 控え室に戻ると真里は、俺の鞄から取ったのか、俺がこの前小夜のために買ってきた図鑑を読んでいた。
 そう言えば、渡すの忘れてたな。

「お待たせ」
「これ光也さんが読むんすか?」
「てか勝手に鞄漁ったな?」
「何を今更」

 まぁ確かに。

「すげぇ。花ってめっちゃ種類あるー」
「そうだな。真里、行く?」
「はーい」

 図鑑をしまって俺に鞄を渡してくれた。礼を言って受け取り、控え室を出た。

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