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 そこから帰りは3人とも無言だった。
 金魚がゆらゆら揺れて、夕日を写している。それが綺麗でもの悲しい。
 小夜はずっと後ろからのろのろついてくる。途中で手を差しのべても、俯いたままだ。

「小夜、」
「みっちゃん、私のこと嫌いだったの?」
「おい小夜!」

 真里がそんな小夜を怒鳴る。

「わがまま言ってんじゃねぇよしょうがねぇだろ!お前のことを思って光也さん、どれだけ」
「真里、黙ってろ。小夜」

 俺はだから、しゃがんで小夜を抱き締め、頭を撫でた。
 辛くなるのはわかってる。冷たくした方がいいのは分かってる。

「誰が誰を嫌いだって?」
「うぅ…」
「小夜、大好きだよ」

 小夜はしゃくりあげて泣き始めた。
 どうして泣くんだよ。わかんねぇよ子供なんて。

「また不細工になるぞ、ほら」
「だって、だって」
「ほら、」

 極力微笑むようにして頭を撫でた。そして、背中を向ける。泣きながらしがみついて来たのでそのままおんぶして歩いた。しばらくすると、手の力が弱まり、小さな呼吸の音が聞こえた。

「寝た?」
「あぁ…」
「泣き疲れたかな」
「すっげぇ泣いてたからな」
「なぁ真里」
「ん?」
「やっぱり俺さ、間違ってたかな」

 小夜を引き取らなきゃよかったかな。そうすればこんなに小夜が泣くこともなかったかな。

 始めから幸せなんてなければ、失ったときの喪失感なんて生まれなかったんじゃないか。そう思わずにはいられない。中途半端に居心地よく依存させてしまったのではないか。

「…わかんねぇよ。けどさ、例えば間違ってたとしても、悪い間違えじゃなかったんじゃないの?俺はそう思う」
「…ありがとう、ちょっと救われた」
「どういたしまして」

 残りあと一ヶ月。あと一ヶ月でこの生活は終わってしまう。

「誰かが幸せになるって、何か犠牲にならなきゃならないんだろうね」
「あんたさ、もう少し汚れきってたらよかったのにね」

 そう言って真里は笑った。

 本当に汚れてないのは誰か。汚れているのは誰なのか。もう少し器用に生きれたらみんな傷付かずにすんだのかな。そう思うとやっぱり自分のことは好きになれなかった。
 いつの間にか縛り付けたのは自分だった。それを悪化させて辛くして周りまで影響を及ぼした。
 真里、俺はお前が思うより遥かに汚れきってる。それが心地よくもあり苦しくもあるんだよ。

「帰ったら夕飯何にしよっか」
「俺が作ろうか?あんた今日は子守りばっかで疲れただろ」
「…たまには甘えようかな」

 そんな真里の優しさも、たまにすごく心地良いんだ。

「そうだ、帰ったらベース弾いてよ。一回くらい聴かせて欲しいな」
「全然覚えてないよ」
「またまたぁ。ちなみに麻希子から聞いたけど光也さん歌上手いらしいね」
「またあいつはインチキを…下手だよ」
「でもさ、ベースって音感命でしょ?」
「まぁ…」
「じゃぁ…ねぇ…」
「いやいや音痴なやつもいるから」
「ふーん」

 話を反らしてくれるのは有難いがそう来たかぁ…。

「久しぶりに趣味見つけようぜ?俺もやろっかなそーゆーの」
「また思いつきかよー」
「そんなもんだろ、人生。いいことあって悪いことあってなんて繰り返すだけってわかってるんだったら思いつきでやった方が楽しいよ」

 確かにそうかもしれないな。だから真里は、いつでも明るくいられるのかな。

「後悔したって一瞬だ」
「…そーゆーのもありかもな」

 良い意味でも悪い意味でもこの生活で薄らと何か見つけたような気もするなとふと思った。

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