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 家に帰ってから、取り敢えず金魚の家はバケツになった。俺が金魚を処理していると早速真里が押し入れを漁り、ベースを取り出した。

「初めて見た!」
「ホントにやらす?」
「うん」

 溜め息しか出てこないが、渡され、ベットに腰掛ける。不思議と、持ってみるといじりたくなるもんで。

 1弦から4弦まで鳴らすと幻滅。音が合ってない。音を合わせるところから始め、テキトーに指弾きをしていると案外感覚は戻るもので。ただどうもやっぱりスムーズに左手が動かないなぁ。弦を押さえるのってこんなムズかったっけなぁ。

 音程取るのに鼻歌を唄うが、それで音ズレに気付いてしまう。

「なんか…エロいわ」
「は?」

 その一言に思わず真里をガン見。何それよくわかんない。

「指弾きってなんかエロいね。なんか…ソフトタッチなのに弾いてる感じが、むちゃくちゃエロいわちょっとムラムラしてきた…」
「はぁ!?」
「ムラムラってなぁに?」
「ムラムラっつーのは、こう…ちん」

 真里の頭を素手でぶっ叩く。

「いって!」
「止めた。さっさと飯作ってこい、この変態」
「えー!ごめんってもうちょっと見たい」
「うるせぇはよ作れ」

 ギターケースにしまい、押し入れの奥に戻した。渋々真里は台所に向かう。

「いいなぁ、みっちゃんかっこいい。私にも今度教えて!今度…」

 控えめに、ちょっとだけ小夜は俯いてしまった。

「小夜は大人になったら何になりたい?」
「…うーん、あじさい!」
「え?」
「だって綺麗だもん。みっちゃんと一緒に見つけた花だし!」
「そう言えばそうだな」

 ついこの前のことが、随分昔のことのように感じてしまう。ここ2ヶ月、長いようで短いようで。

「あじさいの花言葉、しってる?」
「知らない」
「|一家団欒《いっかだんらん》、家族の結び付きとか、強い女性とかいう意味があるんだよ」

 悪い意味の花言葉もあるけども。

「へぇー」
「小夜にぴったりだな」
「そうかな?」
「うん。だからきっと、どこいってもうまくやっていけるよ」
「…うん」

 これから小夜は色々な経験をしていくんだろうな。そして、自分で道を切り開いて行くんだ。俺ら大人にはもうできないことを、これから数多くやっていくんだ。

「そだ小夜、今度花火見に行こう」
「花火?」
「うん」

 恐らくそれが、小夜との最後の思い出になる。

「行く!」
「今度は、りんごもわさびも連れてっていいから」
「うん!」

 これが、俺がお前にしてやれる最後の思い出作りだ。

 それから真里が晩飯の用意をしている間、小夜は飽きることなく金魚を眺めていた。

「今度は黒いのがいいなー」

 なんて言っていた。

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