10
家に帰ってから、取り敢えず金魚の家はバケツになった。俺が金魚を処理していると早速真里が押し入れを漁り、ベースを取り出した。
「初めて見た!」
「ホントにやらす?」
「うん」
溜め息しか出てこないが、渡され、ベットに腰掛ける。不思議と、持ってみるといじりたくなるもんで。
1弦から4弦まで鳴らすと幻滅。音が合ってない。音を合わせるところから始め、テキトーに指弾きをしていると案外感覚は戻るもので。ただどうもやっぱりスムーズに左手が動かないなぁ。弦を押さえるのってこんなムズかったっけなぁ。
音程取るのに鼻歌を唄うが、それで音ズレに気付いてしまう。
「なんか…エロいわ」
「は?」
その一言に思わず真里をガン見。何それよくわかんない。
「指弾きってなんかエロいね。なんか…ソフトタッチなのに弾いてる感じが、むちゃくちゃエロいわちょっとムラムラしてきた…」
「はぁ!?」
「ムラムラってなぁに?」
「ムラムラっつーのは、こう…ちん」
真里の頭を素手でぶっ叩く。
「いって!」
「止めた。さっさと飯作ってこい、この変態」
「えー!ごめんってもうちょっと見たい」
「うるせぇはよ作れ」
ギターケースにしまい、押し入れの奥に戻した。渋々真里は台所に向かう。
「いいなぁ、みっちゃんかっこいい。私にも今度教えて!今度…」
控えめに、ちょっとだけ小夜は俯いてしまった。
「小夜は大人になったら何になりたい?」
「…うーん、あじさい!」
「え?」
「だって綺麗だもん。みっちゃんと一緒に見つけた花だし!」
「そう言えばそうだな」
ついこの前のことが、随分昔のことのように感じてしまう。ここ2ヶ月、長いようで短いようで。
「あじさいの花言葉、しってる?」
「知らない」
「|一家団欒《いっかだんらん》、家族の結び付きとか、強い女性とかいう意味があるんだよ」
悪い意味の花言葉もあるけども。
「へぇー」
「小夜にぴったりだな」
「そうかな?」
「うん。だからきっと、どこいってもうまくやっていけるよ」
「…うん」
これから小夜は色々な経験をしていくんだろうな。そして、自分で道を切り開いて行くんだ。俺ら大人にはもうできないことを、これから数多くやっていくんだ。
「そだ小夜、今度花火見に行こう」
「花火?」
「うん」
恐らくそれが、小夜との最後の思い出になる。
「行く!」
「今度は、りんごもわさびも連れてっていいから」
「うん!」
これが、俺がお前にしてやれる最後の思い出作りだ。
それから真里が晩飯の用意をしている間、小夜は飽きることなく金魚を眺めていた。
「今度は黒いのがいいなー」
なんて言っていた。
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