10


「風呂空いたよ」

 みっちゃんが部屋に戻ってきた。噂をすればなんとやら。マリちゃんと顔を見合わせてちょっと笑う。肩にバスタオルを掛けて髪の毛が濡れている。襟の開いたVネックのTシャツ姿が妙に懐かしかった。

「なんか、楽しそうだな」
「小夜が、思ったより大人の女になってるぞ。
 だからって襲うなよ?
 じゃ!俺行ってくるわー!」

 そう言って次はマリちゃんが着替えを持って部屋を出た。何も知らないみっちゃんは「なんだ?」と不思議そうな顔をしていた。

「なんでもないよ」
「あ!スポドリ飲んでる!」
「へっへー」
「まぁいいけどね」

 今度はみっちゃんが、さっきまでマリちゃんがいたところに座ってお酒を飲み始めた。だが、一杯分もなかったようで、「あれ?」とか言ってやれやれと瓶とコップを持って一度キッチンの冷蔵庫をあける。

 間もなくして今度は違うお酒の瓶を持っていた。コップの中は少し白く濁っていた。これがマリちゃんが言ってたスポドリ割りか。

「小夜なんか飲む?」
「紅茶!」
「ついでに持ってくるわ」

 一度置いて、今度は紅茶のペットボトルと新しいコップを持ってきた。

「大丈夫よ、コップ」
「いいよ」

 まぁせっかく持ってきてくれたならいいか。なんなら使わなければいいんだし。

 もう一度座って、「はい、かんぱーい」とグラスを向けてきたので軽くコツンと当てた。

「小夜も飲めたらなー」
「もう少しだねー」
「久しぶりだなぁ、ホントに」
「そうだね」
「そうだ、ドライヤー気付いた?っても昔は使わなかったよな」
「いまもあんまり使ってない」
「そうなんだ。|櫛《くし》とかもあっちなんだよなー」
「昔よくみっちゃん櫛でやってくれたね」
「そりゃぁ…女の子だからね。最初かなり苦戦したけどね」

 よく髪の毛絡まったりしてあたふたしてたなぁ。

「私がお返しにやったときは案外上手に出来たでしょ?」
「髪質だね。俺わりと太いから絡まないかも。髪の毛染めるとき大変なタイプ。小夜くらいの歳のとき頭にきて坊主にしてやろうかと思ったもん」
「染めたことあるの?てか極端…」
「それねぇちゃんにも言われたわ。あるよ。ぜんっぜん色入んなくてさ」

 なんか意外だし想像つかないな。

「染めてもよかったの?」
「いや、先生にバレたら退学だな。でも学校行ってなかったから関係なかったかもね」
「以外とヤンキー…」
「ヤンキーってよりか考え方的には引きこもりに近いかも。家に寄り付かない引きこもり。
 別に非行に走ったりはしなかったよ。盗んだバイクで走り出したりもしなかった。俺もね、小夜みたいに行きたい高校じゃなかったってか高校行きたくなかったってか勉強嫌いだった。けどやれって言われたからやってた。それを小さい頃からやってて、その歳くらいで爆発したんだろうね。
 テストだけ受けてテキトーに進級して終わり」
「それテスト出来たの?」
「うーん。卒業できる程度には。
 そのまま終わりかと思ったら大学行けってね。だからすっげぇ関係ない大学選んでやった。親への嫌味だね。今思うとただの反抗期だな」
「そう言えばみっちゃんのお母さんとかの話聞かないね。どんな人?」
「がっちがちの公務員みたいなやつ。人間か公務員かで言ったら公務員」

 なんだそれ…よくわからないな。

「みっちゃん、両親嫌いなの?」
「どうかな。なんとも思わないな」

 なんか、あんまり話したくなさそうだな。いつもの優しいみっちゃんじゃなくてなんだろ、なんか嫌味を言うときのみっちゃんみたいだ。

 嫌味を言ったのなんて、私のお母さんの時しか見てないからあんまり覚えてないけど思い出した。この話はやめておこう。

「みっちゃん」
「ん?」
「髪の毛とかしてよ」
「…いいよ」

 さっきまでとはうってかわり、ほのかに笑ってくれた。ちょっと緊張がほぐれたような顔だ。

- 67 -

*前次#


ページ: