23
次の日バイト先に行くと、みっちゃんはげっそりしていた。
「おはようございまーす」
と言って入ってきたマリちゃんはそれを見て不機嫌そうに舌打ちをして一度、柏原さんに謝った。
「いーよ。お前ら面倒だから好きなだけやれ」
「光也さん、ちょっと話」
「なんだよ」
そう言って二人はテーブルに座った。
「昨日どうしたの」
「別にいいだろ」
「よくねぇよ」
「なんで?誰がどこでなにしようがお前に関係ないだろ」
「あのさ、わかってる?こっち心配してんの」
「いいよ別にしなくて」
「うん、そうだよね。だけどね、心配かけてんのはそっちなの。わかる?」
「なんで俺なんて心配するんだって。もういいよ、いいんだよ」
「ダメ」
そこから二人で黙り混む。お互いに何か言おうとするのに言えない。もうこれは誰かが言うしかない。
「…私8年一緒にいなかった。けどわかる。見てわかる。お互いわかってないじゃん。お互いなんで相手のこと考えてるのに自分が見えてないの?そのせいで相手のことがわかんなくなってるんじゃん。
私見てるの辛くなるよ。みっちゃんはさ、マリちゃんに、もう自分のことは心配しなくてもやっていけるって言わない。マリちゃんも、ただ一緒にいたいから、義務だからいる訳じゃないんだって言わない」
あーもうなんでこんなこと言わせるんだこの大人たちは。
「結果嘘ばっか吐いてさ。でもね、みっちゃんの嘘もマリちゃんの思いも相手には伝わってるじゃん!わかってるんでしょ?なんで逃げてるの?」
「…うん」
「そうだな。だけど…少し違うよ。な、真里」
「…それはどーゆー?」
「俺は少なくとも今を壊したくなかったの。誰がどんな思いとか考えながらもそう思ってたの。だけど、そろそろそれも限界かなって思ってるの」
「なんでそう思うわけ?」
「…さぁね。
真里はどうしてずっと俺といるの?」
「そっか、あれから言ってなかったよね。
好きだから。今の環境もあんたも何もかも全部愛してるから。ただそれだけ。大丈夫、あんたと大差ないから」
「そっか。これではっきりした。喧嘩はおしまい。
皆ごめんな、これからも仲良くやっていこう」
何か違う。
「みっちゃん?」
「よし、仕事しよう」
何か、おかしい。
「みっちゃん」
何か、狂ってる。
「光也さん、ごめん、納得してな」
「うっせぇんだよみんなして!」
突然テーブルを叩いて怒鳴るように言い捨てた。
「俺に構うな。お前ら全員嫌いだよ昔から」
そんなときだった。みっちゃんのケータイが鳴る。
「はい、もしもし。…あぁそう。うん、いま仕事場。へぇ、だから?でもお疲れさま。それは本音。でもやっぱり行かない。なんでって?悲しくなんかない、ごめんね、違うことで傷心中。でもね、俺は…もういいや、ありがとう、お疲れさま」
そう言ってみっちゃんは電話を切った。電話を切って俯いて肩を震わせている。泣いてるのかと思ったら真逆だった。
「あー!やっとだよやっと解放された。ふっ、はっはっは!あー、清々する!」
「光也さん…」
「死んだってよクソ親父」
そんなみっちゃんを見てみんな、ただただ唖然として何も言葉が出てこなかった。
「なんでそんなになる前にお前、誰にも何も言わなかったんだ」
いままで黙ってた柏原さんがついに沈黙を破る。かと思いきやいきなり駆け寄って胸ぐらを掴んだ。
「柏原さん!」
マリちゃんと二人で止めに入る。けど、柏原さんの手は、腕は、微かに震えていた。
「お前のことみんなこんなに考えてんのに、お前なんなんだよ…!」
怒りも籠って泣きそうになっている。
「だから…」
それにみっちゃんは、辛そうに微笑んで掠れた声で返した。
「だから辛いの、ここにいることが」
そのまま力なく柏原さんは手を離した。するとみっちゃんは、そのままふらふらと店を出て行ってしまった。
「真里…俺が悪いの?俺、逆に追い込んだのかお前らを」
「違う、そんなことない。ちょっとさ、今日ディナーからにしましょう?それまでにアイツちゃんと呼んでくるから。
アイツね隠し事とか嘘吐くと泣き黒子のとこぴくぴくするんだよ、料理長」
とにかく捕まえよう。私は走ってお店を出た。
ふらふら歩いてるみっちゃんを、背中から抱き締めた。
「みっちゃんのバカ!」
そう言うと立ち止まる。
「小夜?」
「バカバカバカー!」
がんがん泣きながら背中をぶっ叩く。「痛い痛い痛い!」と言ってやっと振り向いた。
「なに…泣いてんだよ」
そう言ってしゃがんで涙を拭ってくれた。
「泣かなくていーよ」
「うるさいほっとけ!」
そのまま抱き締めて背中を擦ってくれた。
「わかった、わかったごめんって」
「やだやだやだ!許さない!帰ってくるまで許さない!」
「うん、うん」
「なんでそんなバカなの?」
「うん、…ごめん」
「なんなのホント。わかんないよみっちゃんのこと。みんなわかんないよ、わかんないけどなんか凄く好きなんだよ!
自分のこと大切にしてよ!じゃないと私もみんなもこんなんなっちゃうんだよ!」
「…ごめんって」
「大切に出来ないならみんなで大切にするから!いなくならないでよ!」
「…っ。わかった、はいはい!」
そう言うと離して顔を見た。泣きそうになりながら笑いやがってこのバカ。
「うわ、不細工だ小夜」
「うるさいなぁ!みっちゃんだって!」
「…うん、多分そうだね」
「多分じゃない!」
「うん…。
小夜、でも俺はね、どうしても、自分だけは好きになれないから…」
「うん…。
いっぱい良いとこあるんだよ?優しいしさ」
「そっか…」
「でもいいよ、じゃぁいいよ。私が胸にしまっとくから。それでいい?」
「…小夜は優しいな」
そう言っていつもみたいに頭を撫でてくれた。
「ごめん、戻るよちゃんと」
「うん、みんなにも謝ってね」
「おぅ」
そう言って立ち上がって二人でお店に向かう。マリちゃんがお店の、開け放たれた扉に寄りかかって腕を組んで見ていた。手を振っている。
急にその手が止まり、凭れていたマリちゃんがこっちに来ようとする。みっちゃんが後ろをふと振り向くと、「小夜!」と言って私は何故か吹っ飛ばされた。
前のめりに転んで足を擦りむく。起き上がろうとしても痛い。しかし。
「いやぁぁぁ!」
金切り声が後ろからして振り返ると返り血を少し浴びたまなみちゃんと倒れるみっちゃんが見えた。
「え?」
「何で、何でなのよおぉ!その女誰よ!」
泣きながら血塗れの手で涙を拭うまなみちゃん。状況が理解できない。
みっちゃんを見ると、横っ腹より少し下辺りに小さなナイフが刺さっていて、血が凄い早さで流れている。
「みっちゃん…!」
「小夜、大丈夫か!」
マリちゃんが走ってきて手を貸してくれた。立ち上がるとまなみちゃんが逃げて行く。
「みっちゃん!」
駆け寄るとみっちゃんは立ち上がろうとする。「動くな!」とマリちゃんが頭を抱える。
「光也さん!」
「みっちゃん!」
「あぁ…小夜…怪我、ない?」
すっと頬に触れたみっちゃんの手が恐ろしいほどに冷たかった。べったり血がついているのを見てようやくみっちゃんは自分の傷口を見た。
手が、するりと落ちる。その手を握るとみっちゃんは、苦しそうに笑った。
「不細工」
「みっちゃん…!」
息が上がっている。
「あぁ、真里、ごめんな、さっきは」
「いいよもういいよ、喋んな!」
「…ひどいこと、言ったけど…全部…本心だから」
「わかった、わかったから」
「小夜、覚えてる…?8年前の…教えてあげるって言ったの…」
「後で聞くから生きてて!」
「光也!」
柏原さんも走ってきた。
「救急車と警察呼んだ。取り敢えずはそのままにしとけって…抜いたりすると逆に出るからダメだって」
「おっさん…?さっきはごめん」
「うん、後でゆっくりな。今は意識をしっかり持ってろ。後でちゃんと全部話せ」
「小夜…。
神様なんて…いないよ…」
「え?」
みっちゃんは静かに目を閉じた。呼吸も浅くなっている。
「みっちゃん、みっちゃん!やめてよ、みっちゃん!
嫌だ!まだまだ一緒にいるって決めたから!だからまだダメ!
ふざけんな!みっちゃん!」
柏原さんが肩に手を置いてくれた。
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