5


 気が付いたらその状態で少し寝ていたようだ。チャイムの音で目が覚めた。
 放り投げたケータイを見たら20時くらい。岸本から不在着信が入っていた。
 その人物を確認して、掛け直した。
 今日は来客が多い。

『もしもし』
「どうしたの?」
『いる?』
「いるけどこんな時間に何?」
『…深景に会った』
「うん、で?」
『忘れ物をしたからってさ。上げてくれると助かるんだけど』

 仕方ないな。

 下まで降りてドアを開けた。あれから鍵は掛けていない。

「…久しぶりだな」
「あぁ…」
「少し、痩せたな」
「そうかな」

 岸本を家に上げた。「コーヒーでも飲む?」と聞けば、「ありがとう」と言ったので、コーヒーメーカーに豆と水をセットした。

「忙しそうだね、春休みなんてないんじゃない?」
「まぁな…」
「勉強進んでんの?」
「ぼちぼちね」

 どうやら少し疲れているようだ。

「忘れ物って?」
「あぁ、あれ嘘」
「…へぇ」
「聞いたよ深景から」

 なるほど。

「よく来たなお前」
「深景、泣いてた」
「まだ泣いてたんだね」
「まだって?」
「俺が泣かせたからね」

 岸本は疑問顔。
 どうやら、俺は言う言葉を間違ったらしい。

「泣かせたって、どーゆーこと?」
「聞いたんじゃないの?」
「聞いたよ。歩が物凄く…傷付いてるからって。だけど何もしてやれないって嘆いてたよ」
「…へぇ」

 あいつと言う女は。

「だったら伝えといてよ。もっと気持ちよくさせろよって」
「は?」
「襲ったんだよ。理穂のこと、知りたいって言ったから」
「なんだって?」
「あーあ、面倒だなぁ、女って」
「歩、」

 こんな最低なことを言っているのに。
 何故か岸本が俺を呼ぶ声は、妙に優しかった。

「コーヒー淹れてくるよ」

 いたたまれなくなって、俺は逃げるように立ち上がり、キッチンでコーヒーを淹れて持っていく。

 目の前にカップを置いてやる。岸本は一度眼鏡を外して熱いままコーヒーを飲んだ。冷めるまで待てば良いのに。

「…最低だね、俺は」

 漸く吐いた一息と共に出た俺の言葉はそれだった。

「なんで?」
「なんでって、だって」
「まぁ、俺は嘘吐きは嫌いだからな。だけど、別に最低だと思わないな」
「は?」
「旧友として一つ言おうか。
 お前が最低なら俺は死んだ方が良いレベルだ」
「なにそれ。意味わかんない」

 ふと、腕を伸ばされて。気付いたら岸本に頭を抱えられるように引き寄せられていた。
 アメリカ被れのスキンシップ。昔一度、ホームステイでアイルランドに行ってからこんなのは当たり前だ。毎回こいつには、日本では通用しないと、突き放すんだけど。
 今日はちょっと、居心地が良い気がして。

「やっぱり痩せたよ。肩の感じがなんか違う」
「うるさいな」
「てか、やっぱり弱ってるな。素直だもんな」
「お前が美女ならもっと良いんだけどね」

 いい加減離れようかとも思うが、なんとなく岸本が離してくれそうにない。まぁ、たまには肩くらい借りてやるかと目を閉じた。

「なんで一喜のこと、言ってくれなかったの」
「え?」
「学校で干されてるって。深景から聞いた」
「…聞きたかった?」

 やっと岸本から離れてコーヒーを飲んだ。岸本はどうやら飲み終わったらしく、眼鏡を掛け直していた。

「まぁ、学校に行って状況を見て知るよりは先に知れたから、まだ良いけどさ。俺が知ったところで何か出来る訳じゃないしね。一喜は、大丈夫なの?」
「全然気にしてないんだよ、これが。不自然なくらいに」
「そうなんだ」
「まぁ、学校、来る気になったならよかったよ」
「行かなきゃダメでしょ。引っ越しだけして帰るよ」
「まぁ…それでもいいけどね」

 少し沈黙が流れた。またコーヒーでも淹れてやるかと立ち上がろうとしたときだった。

「何で…嘘吐いたの?」

 俯いて岸本はそう言った。小さくて、何を言っているか始めはよくわからなかった。

「は?」
「一喜や深景や俺に。どうして嘘吐くの」
「何言ってんの?」

 バレてるようだけど。
 心のどこかで、バレるような気もしていたんだけど。

「歩、嘘が下手すぎるんだよ。誰だってわかる嘘、なんで吐くんだよ」
「お前に言われたくないな。お前は何か勘違いをしてるよ。
 俺はお前らが思うほど綺麗な人間でも強い人間でもなんでもないんだよ。だから澄だって殺しちゃうし理穂や深景を犯しちゃうんだよ、平気で」
「そんなことない。歩はやってない」
「なんで言いきれる?じゃぁ見てたの?じゃぁ誰がやったの?
 俺で良いじゃん。それで全てが納得いく。辻褄が合えばそれで」

 人が喋ってるというのに。
 優しく抱き締められたりしたら。
 なんか今まで入ってた肩の力が抜けてしまって。
 今更、ここまで気を張ってきたからには、ここで崩すわけにも行かない。けどどうもそれには、こいつといると調子が狂う。

「歩、」
「その呼び方さ、やめてよ。気持ち悪いからさ」
「え…?」
「俺、お前のこと嫌いだよ、りゅうちゃん」

 軽く拒否するように身体を押して離れると、岸本はショックを受けたような、なんとも言えない顔をしていて。
 だけど何故か岸本は俺の顔を見た瞬間、それも少し薄まった気がした。

「コーヒー淹れてよ」
「うん」
「そしたら帰る」
「わかった」

 それでいい。
 俺は、一人が良い。

 コーヒーを淹れてやると、やっぱり岸本は眼鏡を外して、心なしかゆっくり飲んでいるように思えた。

 変な奴だ。わざわざ毎回眼鏡を取るなんて。
 だけど眼鏡を取った方がこいつは、男前な気がする。

「コンタクトにしたらいいのに」
「そうだな。不便だ」

 そんな会話が最後だった。

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