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最初の頃はちらほら学校にも行った。
顔を出す度に同情的な言葉や励ましの言葉を生徒や知り合いから頂いて大層気分が悪かった。
授業も、大体は聞いていられないほどつまらなかった。学べることが何もなかった。
「1867年、大政奉還《たいせいほうかん》がされ、この年に王政復古の大号令が出され、明治政府へと政権が移りました。 そして、戊辰《ぼしん》戦争が翌年の5月まで行われ…」
大体こんなつまらない解説には手を挙げてしまう。教員達はそれにびくびくしてるのが目に見えてわかる。
「そもそも切り詰めるなら大政奉還から王政復古の大号令は、15代将軍慶喜《よしのぶ》が、大政奉還の前に左大臣に転任して、幕臣共が行った、謂わば政権交代だ。では王政復古の大号令とは何か。
読んで字の如く、政権を幕府から天皇にお返ししますよというものだ。その当時天皇は本当に京に住んでいるだけで政治に関してはノータッチ、なぜなら政権すらなかったからね。
今の日本のスタイルを築き上げた政権交代がこの大政奉還だ。ここまで説明しないと生徒にはただの文字の羅列なんじゃないかな、先生」
こうなっては授業にならない。生徒からの指示は得ても教員が、「あぁ…そうか」とどもってしまうし、示しがつかない。これに関して何度か呼び出しを食らった。
しかし俺は俺で特に校則違反を犯している訳じゃない。煙たがられているのは一目瞭然だった。
そのうち居心地が悪くてほとんど行かなくなった。
クラスで誰とも俺と目を合わせなくなった。岸本とも口を利かない。
そんな、死んでいるように生きていているような日常。面白くもなんともない。どんどん劣化していく俺に、親もそのうち遠巻きになっていって。死なない独り暮らしのような生活だった。
生きている俺の方が、心の中にいる死んだ澄よりも死んでいるような気がして。
だけど最早、死ぬ気にすらならなかった。そんなことをしたところで世界は、日常は何一つ変わらない。また朝が来て昼が来て夜が来る。
絶望からも程遠いところにいる俺は中途半端な位置にいた。
たまに駆られる不安に気が狂いそうになって。そんなときに現れるのが澄の存在で、あと一歩のところで気が狂えない自分がいて。
そうなった時に学校に行って後悔をして帰ってくる。カウンセリング教室にぶち込まれるのは案外早かった。
だけど特に何かを話すわけではなかった。
そこにいて、ただそこにいるだけ。他の生徒がカウンセリングしていても構わない。脱け殻が一つあったところでやつらにはなんの問題もないのだ。
ただ、羨ましいなとも少し思った。
こいつらは誰かに話せて、リストカットも出来てSOSを出せている。
じゃぁ俺はSOSを出したいの?SOSなの?
そーゆーわけでもない。だけど聞いてるとイライラする。それに優しく受け答えするスクールカウンセラーなんて、尼さんかなんかにしか思えなかった。
毎回毎回行く度に茶を淹れてくれる先生と初めてした会話は、俺から先生へ「毎回飽きないね」だった。
「飽きてるよ。タバコ吸ってきてもいいかな?」
そう先生に言われて呆れてしまった。
「俺も行く」
ただ、はっきり言われたから、少し興味を持った。
俺がタバコに火を点けても先生は何も言わなかった。それどころか、
「渋いわね、peace?」
とか言ってきて。
「父親が吸ってる」
「そう」
屋上という環境がなんだか新鮮で。
「なんか、変な感じ」
「なにが?」
「屋上って初めて来た。なんかさ、意外と閉鎖的なんだね」
「そうね」
「わりと好きかも」
「あら、そう」
それがきっかけでカウンセラーの渡辺《わたなべ》先生とは話すようになって。
少しは日常に色がついたような気がした。
だけど、言うならばキャンパスの一つの染みでしかなくて。
でも、それでも少しはマシなような気はした。
水泳は辞めた。
夏の時期はそれすら辛くなった。自分が辛いのだということに今更ながら気が付いた。
なんとなく、SOSの意味もわかる気がしてきて。
渡辺先生は、尼さんなんかじゃなく、普通の人で。
少しずつだけど打ち解けてきて。
だけど、当たり前ながら先生は事前に俺の情報は知っていたようで。
「貴方はとても丁寧に生きてるわね」
そう言われた。
「そうかな?こんなに雑にテキトーに生きてるのに」
「いや、丁寧だよ。丁寧だけど人一倍不器用。もはや歪。もはやなんだろ、下手くそ」
そこまで言われると笑ってしまって。
「そんなにボロくそに言う?」
「でも、下手くそだからこそ凄く、人一倍丁寧で…敏感なんだろうなって。
だって、私だったら。
多分他の人もそうだけど。そんなに丁寧に人の感情や関係なんて拾えないよ?気付けないよ」
「…でもさ、思うよ。いっそ、気付かない方が、気付いてやらない方が相手は楽かな、俺は楽かなとか」
「いや、もうそれに気付いてしまったら、気付いて楽になる方法をみつけるしかないから。丁寧な貴方なら、出来るんじゃない?」
気付いて楽になる方法か。
「どうかな。出来ると良いな」
「まずは見つけないと」
スクールカウンセラーは、なんだかんだで凄い。
先生もそう言っていたので、試しにカウンセリング教室に来る生徒たちの相談に乗ってみたりして過ごした。
それでも根本的な解決には全くもってならなかったけど。動かないよりはまだ気が紛れるし楽だった。
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