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 夕刻だった。
 訪問者は薬箱を背負っている。

 そろそろ、夕飯だろうと土方ひじかた土方がその道場へ赴き玄関に入ればひょこっと、道場主の部屋からこちらへ覗く者があり薬箱を見ては「ご苦労様です」と、仄かに笑い部屋から出てくるのだった。

「よう」

 その18、9の弟分、沖田おきた総司そうじは何分土方よりも背が高い。
 打ち込みに飽きて道場主と駄弁っていたのだろうかと考えたが、「今日はどうでしたか」と嫌味はなく、明朗に聞いてくるのだった。

「どうもこうもねぇよ、変わらん」
「あらぁ、やっぱりそうですか」
「お前はどうだ」
「変わらずです。焼酎を用意しましょうか」

 まあこれはからかい半分だろう。

 「あの、土方さん」

 と、今日はやけに声を掛けてくる。
 いや、この弟分はいつでも話好きではあるのだ。返事をせずとも続けるだろうと土方が草履を脱ぎ廊下へ上がれば沖田が左手の人差し指で今いた茶の間か、道場かを指すのだから「なんだ?」と訪ねるのだが、沖田は控えめに笑い溜め息を吐く。

「近藤《こんどう》兄さんがちょっと耽ってまして」

 言う側から「おぉトシぃ、」と、道場主まで茶の間から覗き込むもんで、財政難のことかと土方の頭をよぎったのだけど、「今日はどうだった?」と若造と同じ問いをし手招くのだから呼ばれるしかなく。

 「ぼちぼちですよ」と答えて茶の間に入れば早速「いさみが耽っておって」とやはり同じ話題に至るのだった。

「どうにも、明日に客人を招くことになってなぁ」

 と言われても中身も見えない切り口だ。

「客人ってのは手合わせですか」
「ああ、そうなんだけど…」

 濁りのある老人の物言いにはいくらでも覚えがあるがそれが出稽古でもなく客人、手合わせなど、全く覚えがない事情。

「はぁ、誰が来るんですか」
「なんでも脱藩浪人らしいんだが、本人はあの千葉道場に指南を受けていてなぁ。小野派一刀流おのはいっとうりゅうの免許皆伝らしく」
「千葉道場って、そんな名前の剣術でしたっけ」
「いや、北辰一刀流ほくしんいっとうりゅうだよ」
「はぁ…。なんでまた」
「剣術修行中らしいですよ」

 奇妙な顔で土方が沖田を見るので沖田は「ですよね」とだけ相槌を打つ。老人は老人で少々困った顔つきなのだ。

「なんて野郎だ?そいつは」
「さんなんさん、と名乗っていました」
「…変わった名前だな」
「名は体を表す、ですかね」
「客人を持てなそうには勇でいいかと思ったが、正直なぁ…」

 漸く話が見えてきた。

「免許皆伝と言っても強いかどうかはわからないんじゃねぇですか、老先生」
「そうは言ってもあいつは物思いに耽っちまってなぁ」
「試しに私か土方兄さんが“近藤勇”としてやっちまおうかとも話していたんですが」
「はぁ?」
「…ですよねぇ」
「ですよねぇって、そりゃぁ近藤さんにも面子ってもんがあるだろうよ」
「だが負けては話にならん」
「…つったって、」
「しかしトシも免許はやってないし総司は若い。後々を考えたら勇に一任するしかないが」
「耽っちゃってるんです。中庭で」
「…しょうもねぇなぁ、」

 これで先程の沖田の溜め息も老人の考慮も納得がいく。道場主となる男が呆けている、確かにそれは重大だ。

 やれやれ面でも見てやるかと立てば「あと、土方兄さん、」と沖田が行く手に付け加える。

「ちょっと、貴方とは馬が合いそうにないお方でしたよ、山南さん」
「なんだそれ、お前は面見たのか?」
「ご立派な風体の方でした」

 そんなことを言おうが道場主は近藤勇に託されるのだ。その前からこれでは話にならない。

 どうしたもんかと廊下を曲がればなるほど、廊下から中庭をぼんやりと眺めている近藤が本当にいた。
 ふとこちらを見ては「おお、トシぃ。どんなもんだい」という三度目の問いに「どうもこうもあるか」と返した。

「随分湿気てんな近藤さん」
「いやはやまぁ…」
「なんだってんだい、らしくねぇな」

 近藤の隣に腰かければ「いやはや…」と切れが悪い。果たして殴り込みに来た相手はどんなやつだったのだろうかと考える。

 土方は大体の場合、沖田と違って口数もないのだが流石にこうも背が丸まってしまっている風体の近藤を目にすれば「今しがた老先生と話したけれども」と話の鯉口を切ってみるしかない。

「あぁ、そうかい」
「何を気弱になっているんだ近藤さん」
「いやぁ、有名なお方の弟子が来るそうでな」
「らしいな。それがなんだって言うんだい」
「…うちみたいな田舎剣法で太刀打ちできるもんかと考えてみるしかなくてなぁ…千葉道場なぞ有名じゃないか」
「いや、俺ぁ知らねぇぞそんなところは」
「大きい所らしい。なんだかあの風にそれを感じたよ」
「そうかい」
「ましてやそこではない流派も免許皆伝な腕前らしい」
「どんな型だかわかるんかい」
「皆目わからんが千葉の北辰一刀流は総司と下仙川しもせんかわ村に赴いたときに目にしたことがある」
「どうだった」
「総司は強いからなぁ、」
「あんたは勝てそうだったかい」
「構えが中心だからなぁ、」
「まぁ、それだけわかればいいじゃねぇか」
「そうだな…」

 問題はそこではないのかもしれない。確かに道場主、周助しゅうすけの沖田も神経質なタチであるのはいくらでも覚えがある。だがそれに負けるようでは仕方もない。

「…勝てたら名でも売れるかね、近藤さん」

 土方はボソッと呟いた。

「…そうだなぁ、」
「そんじゃぁ難しくないだろう、勝てばいい」
「…そうだなぁ、」

 土方には土方でまた、その風がある。そして道理もあるわけで、「トシ、」と近藤は呼び掛けてみた。
 「一本やるかい」と手慣れた様で言うのも土方らしい簡単な手合い。この男の良さは何より淡白なところであると近藤は重々わかってる。

「総司に勝てるなら俺たちもどうだろう」
「ああ、そうだな」

 そんなものは流派の数や名前とは違うだろうと土方はいつでも折れずに刀身もはっきりしているのかもしれない。
 喧嘩剣法ではあるけれど。

 頭をスッキリさせる意味合いもあったがそうは言いつつ土方は結局その日、近藤の脛やら胴やらでやはり勝ち抜いてしまった。いざとなれば売り歩いてる薬があるから良いと言っているが、「そんなもん効かねぇんだよ」という程に、本当に淡白なものだ。

 しかしだから、考えても仕方のないことだと、近藤は半ば「どうにでもなるか」と悶々としたものを打ち止めるに至ったのだった。

「参りました。もう勘弁」

 それから試衛館しえいかん一同は明日に備えて士気を高める、近藤以外でも。

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