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「本日はこの試衛館にて、このような機会を頂き誠に有り難く存じます」
翌朝現れた男は山南敬介と名乗り、客間で深々と頭を下げるからには、腹が読めぬものだと土方は感じた。
何より面構えが柔和で、とても折り目正しく腰も低い。そんなところからなるほど、前日に沖田が言った言葉を理解する。そんな構えで、何分変わった野郎だと思うが、
「こちらこそ感謝いたす」
と頭を下げる近藤も腰の低さは負けていない。先が読めぬと眺めていれば沖田が「ふふふ」と、言ったことは外れていなかったとでも言いたそうな笑いを土方に向けるのだった。
道場に移り道具を着けぬ普段の面々の自然さに珍妙そうな態度の山南にも土方は首をかしげるばかりでまた「ふふふ」と沖田が隣で笑っている。
食客、永倉が「それでは」と胴着を用意すれば「あぁすみません」と従うのは山南で、山南は胴着を一通り眺めては嬉しそうに、
「とても大切に使っていらっしゃる…」
と感嘆した。
それは大切に使っている、ではなく、大して使っていないのだと、やはり試衛館一同とは違う見解を持つ変わり者だと言うのが共通認識となったはずだが、「ははは」と近藤は昨日と変わり、機嫌を良くしたようだった。
「ありゃぁ、大丈夫でしょうかね近藤さん 」
沖田が言うのもその通り、「どうだかな」と返事をすると「どうでしょうか」と、またくっくと笑う。
「兄さんの見立ては如何ですか?」
「それは手合わせのことか?」
「いえ、でもまぁどちらも」
「腹が読めねぇ野郎だな」
「はは、やっぱりね」
近藤、山南が構えたのを見て腰の低さが同等で、また山南の竹刀の先が微かに震えているような、合っていないような、この手合いは確かに読めないものだと感じた。
「初め」と道場主が声をかけて開始する。互いに読もうというような、間ばかりが張り詰めていた。
売られた喧嘩を買うが上等。近藤からは仕掛けないのだろうと土方は読んでいる。
どちらが打ち込んだか、読めぬが山南の右側は恐らく予想を違っていただろう、応戦が少し、遅かった。
「一本!」と入るに沖田がきょろきょろして眺めている。だが流石は、と土方は思わないのであった。
「ねぇ土方兄さん」
「なんだ」
「兄さんならあれ、取れましたか?」
「お前ならどうだ総司」
「案外やるもんだなぁと思いますよ」
どうやら興味を持ったらしい。
確かに手は早いようだった。
俺ならどうかと土方で山南をぼんやり眺めてみる。左に寄っているのかもしれないが、ブレというのはそれに対応した手なのかもしれない。少し博打で左をつついてやるかもしれない。
だが形式張っているのなら引っ張ってしまえば手の内は徐々に徐々にと見えてしまうものかもしれない。それには近藤の待ち方も優勢だろうか。山南はきっと、相手が打ち込む手を見極めたくて仕方がないだろうが、左か右かの問題で解決をさせたいのなら次は近藤が取るはずだと読む。
「総司ならどういくのか聞いてみたいな」
「私ですか?私は上中下ではないでしょうか」
「そうだな。ちなみに俺は」
手合い早く、早さはと言えば断然近藤は一間遅かったにしても、左の胴で掛けて取ったようだった。
「一本!」
「あひゃぁ、」と沖田が楽しそう。
土方も同じく楽しいと感じた。
「戦であればさて右左、どちらが深手を負うでしょうかね」
「あぁな。潔さでは近藤さんが立ってるな」
「でしょうねぇ、しかしあちらも先程方向を変えてますからね」
「そうだな」
しかし近藤の体格と山南の体格で力の差を見たらと思えば、次に応用の腹に絞り誘い込んだ近藤の一本が痛快に感じた。
「ありゃぁ私の真似ですな」
「断然遅いんだろうけどな」
三本で二本を取る近藤には心底愉快だ、と土方は密かににやけた。
本番に強いのかもしれない。
互いに「有り難うございました」としている間にも頭で土方は考える。初めなら俺は左の空きを言っただろうし次はどうか、右で応戦したら取られてしまう。最後はじゃぁ沖田の応用を入れるなら肩あたりはどうだったかと戦略を立てる。乾いた竹刀の音でなく、真剣の冷たい音が聞こえるようだ。
それで沖田が「楽しそうですね」と言うのだから、「ああ」と返すのみ。
「だがあちらも読めないかもなぁ、私では」
「へぇ、なんで」
「私も刀身で行けるかと読みますから」
「ほぉ、なるほど」
沖田の目には久方ぶりの闘志に似た物が宿り「やりたいなぁ」とぼやく。
「参りました」
山南が近藤と握手をした。
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