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翌朝、貴之は父の公務にくっつき條徳寺に赴いた。
「息子さんか」
その|幹斎《かんかい》という|和尚《わじょう》の年齢は正直、不詳に感じたが声の年齢だけで言えば父と大差ないように感じられたが定かではない。
「昨晩医者の話をしたら興味を持ったらしい」
「ほうそうかいな、それは先行きが楽しみですなぁ…」
和尚はなんとも言わぬ表情で貴之を迎え入れた。
「ほなよろしくお願い致します」と和尚に述べた父は公務に急ぐ、受けた坊主は「はて」と改めて貴之を見下ろす。
「儂はこの寺條徳寺が和尚、幹斎と申すが、貴方の名前はなんでしょう」
「あ、」
この和尚、喋り方がはっきりとしている、そう気付くも「はいな?」と、語感には母とも違う、父に似た物を聞き分けた。
これはどうして喋ろうかと「あぁ、はぁ、」とぎこちない。
「えっと、北条貴之…と、言いますぅ」
「なんや、大阪のような訛りやなぁ」
「おおさか…?」
「あぁ和泉あたりの。しかしどうにもぎこちない…」
口下手なのだろうかと坊主は読み解こうとしたが、貴之は「生まれも育ちもここですけれど…」と喋る。
「…母が、よう言葉につまるので」
「あれ、奥方…そういや関東からいらっしゃったんやっけ」
「そう、そうですぅ」
「なるほどお主は言葉を使い分けているのか」
それを言われるのは初めてのこと、機会もなかった貴之の心境は開いた口も塞がらないもので、和尚に閉口してしまった。
「なんや器用か不器用かわからん男だが、母は特別と見た」
「…えっと…」
「はは、まあ気にせんでよいわい。儂も流れ者だが京は長いし坊主に関係もないことや。話しやすいようで構わんよ。というかまぁ、どないなもんかは知らんが子供にしては些か難儀で偏屈やな、実に面白い」
「なっ、」
「褒めてますよ、多分、大体は」
酷く曖昧な物言いをされてはどうしたもんかやはり珍妙だと、医学も何もない。この手の大人にまず、会ったことがないと不思議な気持ちに陥った。
不思議そうに自分を眺める泣き黒子の少年に腹が読めないものだと和尚も不思議なもんだと感じた。どうにも道徳は浮世離れしていそうだと、「まぁ、」と、まずは上がりもしない子供を手招く。
「しかしその医者の話、あまり出来ぬのだ」
「え?」
「なんせ“禁書”やからな。いまは、昔と違って少々学もうるさいのだ」
「禁書?」
「まぁ春画のようなものだ。お主にゃまだ早いだろうて」
「春画?」
「なるほどあの男も頭は固いんやな、春画とは女と男の裸が書かれたものでな、寺では禁物だ」
「それは、禁忌ということでしょうか」
「一応な。神さんは情交えず生まれてきたもんやから欲と言うもんを知らないんや」
「なんですかそれは」
「お前は頭が硬い子供なようだな、そのわりに儂のところに来るなど腹積もりもわからん、幾つだ」
「13ですけれど」
「もうそろそろ元服やないか。他に学ぶこともあろうに…」
どうにもこの和尚は自分にわからない物言いをポンポンと打ち出してくるが、酷く偏りがあるようで否定的なようにも受け取れるが寺へは入れてくれる。
何がしたいのかいまいちわからないけれど、なんだか態度は好感が持てない。
なんや苛つくもんやなぁ貴之がはっきりとムッとした表情をするのに和尚は「ほう、」と物見がいい反応を見せる。
「しかし気は持っとるんやな。それは良いことだ」
「あの、」
「まぁええから早う上がりなさいな。医者の話はそれからやろ」
「…はぁ」
そろそろこの和尚に胡散臭さも覚えてきた。
玄関をあがって足に軋むような感触、それは少し埃臭くもあるが、何より木の臭いが薫ってくるような気になる。
本日は少々曇りで、その香りには土や雨も混ざる深さがある。
この寺はとても古く、建物自体はそれほど大きくはない、寺子屋の人の臭いや道場の汗の臭いとは一切別に、少し焼香が混じっている。薄暗さも、乾いた風もある。
「……」
一歩、二歩、三歩を確かめるように歩いては黙りこくり、何かを確かめるような貴之の様子に和尚は少し振り返り見下ろした。
この子供が何を眺めるか、それは寺の壁であり、透かせてみようかという思案顔なので、和尚は不思議なものだとふと笑ったのだった。
「…その部屋は昨夜葬儀があってなぁ」
静かに淡々と当たり前に告げる和尚を貴之は見上げる。
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