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「幹斎様」
「なんや、|壮士《そうし》」
「あん子供は如何様になさるおつもりなんですか」

 と、貴之に対しての異論を申し立てられることはその一年、充分にあったことだった。

 最高僧が連れて来た子供とあればその言及すらも少し刺の刺さる程度では済むには済むはず。
 実際それは、幹斎にはその処置であるが貴之に関してならば、素性もわからない、ただ不遇である。それだけの子供だった。

「はぁ、如何様とは」
「あの子供がこちらへやって来て一年、流石に何やら寺の仕事はさせないのでしょうか。歳もそろそろに元服かとお見受けいたしますけれども」
「ふむ」
「時を待つのみやて、おっしゃりたい、それも察しますけれども…」

 確かに。
 数えの13歳から1年ともなれば翌年か、もうそろそろ元服となるわけだし、拝命すら必要だが今の状態ではそれ処もなさそうだ。

「…他の者も申しておりますよ幹斎様。何より不憫は皆同じやし、隔離ばかりでも仕方がない」

 こんな時に幹斎は自分の見えていない影を見たような気がするのだ。

 1820年あたりから混乱を呼んでいた狐狼狸に対して寺での緊張的な体勢、偏見は、薄れてきたにせよまだまだある。それだけで、本当は幹斎も知らない場所で貴之は疎まれているが、それも本人が腑抜けであれば関係がなく月日は流れるのだ。

「…言葉を返すが壮士、儂は貴之を隔離するために寺へ呼んだのでもない」
「ならば尚更」
「ある程度は儂も貴之の件に関して、死罪に等しいと思う。あんさんが見ても不浄、それは理解出来るんで、聞き入れようと思うが、」
「いや、そうではのうて」
「何が違う?儂は貴之の父の首を跳ねているぞ」
「それは、」

 流れ者故かたまに感じるのだ、まどろっこしい、これだから陰は溜まってしまうのだ。

「…幹斎様、その件に関しましては容易に口に出されないようお願い頂けますか」
「では不満であればそうもまどろっこしく小賢しくなく、はっきり言えばええやろ」
「では言わせて頂きますぅ、話をすり替えんで頂きたい。私は寺の者の話やら、何やらを見聞きし不安であるのです。あの子供のためにもなりまへん」
「あの子供のためとは、では何か」

 言い切って愛弟子が黙れば「話にならん」と幹斎は切り捨てる。
 愛弟子は観念したとばかりに溜め息を吐き、「幹斎様かてホンマはわかっておりますでしょう?」と切り返した。
 それは確かに言い返せない。

「…貴之への不満は|偏《ひとえ》に儂への不満と変わらぬのだ。偏屈でもなく、情、教え、いまあやつはそれどころの話ではない、話も入らない。
 それは綺麗事なのか?その程度で人一人を預かれる魂なぞ仏心にも何にも値しない」
「…意味があるということですか」
「お前の本音に偏った道徳はないのか壮士。狐狼狸は隔離しようが何しようが災害だと、お前も見てきただろう。今更不浄の者の末路だ等と流行らぬ理屈はつまらないと、はっきり言う」

 陰口を聞かれたことがあるのかもしれないと壮士は「そうですか」と気まずく引き下がるしかない。

 しかし今の状況においては確かに、全て、壮士の言っている意見は正しい。
 まだまだ自分にすら捨てぬ世が残っているのだから浅はかだ。先延ばしにしている面はある。事実壮士が「わかっておりますでしょう」と言うように、幹斎だってあれから貴之とまともに対峙出来ないでいる面があるのだから。

 …まだまだ修行が足りない。

 不衛生だと言うのであれば腑が抜ければ長持ちする、人は臓から腐って行く、それは蘭学でも学ぶこと。

「…人には全て忘れ闇か光か、黒か白か。それすら無くなるほどの休息が必要だ。それが我々坊主ではないか、壮士」
「…は?」
「この儂の考えが誤りであればやつはそう…、腑が抜け浅く軽く、自害などと言う大罪も犯すと言うことだ」
「幹斎様はそれに温情を掛けるのですか」

 幹斎は答えなかった。

「…まぁ、言いたいことはわかった。暫くは経など、教えてみようかと思うわい」

 死に経は必要なのだ。
 それはけして死者に対する物ではなく。

 やれやれと幹斎は腰を上げ立ち、経文を手にする。
 本当のところはこちらへ呼びつけるのが正しいだろうにと思いつつ、ふと碁盤が目についた。

 「まぁ、まぁ」と言いながら和尚が碁盤を抱え上に経文、石を置くのだから壮士は「なんです?」と聞くしかない。

「大事ない、少し日に当たるとしよう。これなら庭掃除くらいになる」
「碁盤を如何様にして掃除道具と使うのか」
「なになに、頭が固いな。任せておけ」

 そう言って部屋を去る和尚に愛弟子は溜め息を漏らす。

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