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 貴之には自分がどうなったかなどを理解出来る頭は暫くなく、魘されて暴れる、その度に寺の坊主が自分を押さえ付け、幹斎が壁に向かって読経する。

 3日目に気が付いた。今が、それから三日目だと言うこと、その壁に仏壇があること。毎度「落ち着け、貴之」と坊主に宥められ、苦い薬を茶と一緒に飲まされてまた眠るのだと。

 4日目にして息こそ過呼吸だったが、仏壇の前に座っていた幹斎和尚は「起きたか」と、案外普通にそう言ったのだった。

 過呼吸を整える、それは母の姿と、ここ最近恐らく「ゆっくり」だとかなんだとか、多分自分は和尚か誰かから指南を受けていたな、と記憶が戻って来た。

「49日までは少し辛いだろうな。それまで少し辛抱だ」

 呼吸を整えているうちに和尚は言う。
 なんとなくその、自分の真横にある仏壇が自分の両親のものであることや、自分はあれからどうにかなって寺で寝かされているのだ、それも悟るのだけど頭の中では「父は、母は」と過呼吸な言葉が耳鳴りのように響いている。

 自分の呼吸や鼓動が煩くて、耳を塞ぎたい。先程まできっと聞こえていたであろう和尚の読経が曖昧。思考もどこか、まるで現実と自分とに壁を挟んだように、寝起きで遠いのだ。

「貴之」

 和尚は平坦に告げる。

「お前の父と母は死んだ」

 仏壇から目を反らさない。
 そんなこと、夢見心地にわかっている。
 自分の落ち着き始めた呼吸や鼓動が煩わしくなる。

「葬儀が昨日、終わった。
 戒名は儂が付け墓も建てたがお前の父と母は信士*・信女と位が低い。
 親の戒名を越えるは無作法、だがどの道お前に身寄りなどないのだから、儂は最高僧だし戒名の位も一番高いだろうとお前をこの寺で見ることにした。後付けたが異論はないな?」

 何を言われているかいまいちわからないが、まぁ自分は孤児になったらしいなとぼんやり捉えた。そうか、もう何もかもが変わってしまっているのだ。

「…酷な話かもしれないがやはり遺族としては知らなければならない。
 心配事はないはずだ、大人が勝手に動く。まずは伝えたのみとして、お前はもう少し寝ているといい。儂も大罪ゆえに暫くは共にいる。49日。そこから全てを始めようではないか」

 49日。
 死者がこの世を彷徨いている時間。多分、確かそう。心の整理にこれしか時間がない。

 何も話せないまま、掴めないまま貴之は目を閉じる。
 自分は今何故生き残りこうして、死んだような気持ちでいるのだろうか。

 遠いわりには染みて涙が出るものだ。恐らく、和尚が考えているよりも自分はあっさり理解し、割り切っているから涙が出るのだと冷静にぼんやり考える。

 どこか冷静だからこそいま、死んだばかりの心境になる。

 貴之が魘されるのは、それでぴたりとなくなった。

 だがいつ起きても呼吸は静かで、いつ起きたのかいまいちわからなくて。貴之自身ももう、夢でも現実でもどちらでもよくなってしまった。

 49日間考えるのは何故父が母を殺したのかということで、母は最期に何故自分へ投げたのかということばかりだった。
 日が経てば経つほどそれが濃くなり、腐乱死体のようだ、自分はと意味もなく涙が去ってまた伏せる。

 誰も何も悪くない、ただ運が悪かった。それ以外に掘り起こすことなど出来ずにいる。

 49日もわからぬまま和尚と二人でお|斎《とき》を済ませるのみだった。

「これで成仏したのだ貴之」

 思い出すことは不思議と、死ぬ直前の痩せ細った母でも憔悴した父でもない。だから自分が何をしているのか、自分ばかりが宙に浮いてしまったように思えた。

 多分そこで黙って立って死んだのは父や母と、自分である。

 貴之の気持ちは和尚に計り知れなかったが、まだ13の少年の守りの数珠は自分を殺したことなのかと思えば歯痒くも触れられずにいた。

 結局貴之はそれから暫く、一年あまりを床に伏せるように、殆ど何とも会話も出来ずに日々を、垂れ流していた。

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