3


 翌朝水鶏が一番に連れてこられたのは暗い、倉のような場所だった。
 
 義父となった藤宮一真は相当に難いの良い男だった。
 黒の着物に下り藤の家紋。何より、義父が持つ目は蛇のごとし、疎かであったが、雰囲気は独特に浅黒く感じる。

 男の背中が倉を開け、「お待ちどうさん」と、しゃがれた声で倉の中へ、呼び掛ける。

 倉の中には、手拭いを頭に巻いた細身の男が腕を組み、「その子供ですか?」と京のような訛りで水鶏を見つめて困惑した。
 男の足元に、藁が敷いてある。

「そや、街で拾ったんよ」
「いやぁ旦那、えらいおもろいなぁ。それは子供やないですか」
「そうやけど?」
「…流石にそんだけ幼い子供は…」
「あんさんの腕ならイケるやろ?」
「…ご機嫌うるわしゅう。腕を買ってくれるんは有難いんやけど、耐えられまっか?流石にいかんと」
「死ななけりゃ上玉や。
 ほれ水鶏、ホンマによろしゅう言い。川辺清次《かわべきよじ》いう、西で一番の腕を持つ方やで」

 見下ろす蛇の目と、義兄に遺伝した企む笑いをする男に。自分の何がよろしゅうかと見上げることしか出来ないでいる。
 何より自分は今、しゃがれ声すら出ない。

 前に出ろ、の顎をしゃくった合図に、水鶏は一歩だけ出るのだけど、喉を少し触ってみれば「もしかして、そん子、声が出ないと違いまっか、旦那」と手拭いの男が察した。

「声が出ない?」

 水鶏が義父に軽く頷けば、見る見る顔色が笑っていく。それで「ふっ…ははは!」と豪快に笑うのが獅子のよう。

「都合良いやないか、煩いのは気が散るやろ?」
「…ホンマに言うてますか旦那」
「あぁ。
 水鶏、顔を見せてやりい。川辺はん、掘りたくなると思うで」

 川辺はふぅ、と溜め息と共に「酷な人」と吐く。

「…元服以下は正直、命の保証がない」
「大事ない。こう見えて飲まず食わずで3日生きるしぶとい子供や。何、金なら出来でいくらでも吹っ掛けるとええ。
 水鶏、お前も藤宮一門として証を身に付けえ。歯ぁ食い縛ってな。
 ほな、よろしゅう」

 訳も飲まぬままでこの場に置いていかれそうで、水鶏は義父に待て、と喋る程の心積もりでその袖にすがるけれども、「姉に会うまで死ねへんやろ」と、冷たくそれは促されるように払われてしまった。

 手を引かれ押し飛ばされるよう、藁に転ぶと「詮無いことやな」と、川辺がしゃがんで漸く水鶏の顔を見た。

「こりゃぁ…」

 ふと見てから川辺は水鶏の顎を掴み、じっと顔を眺めては「藤宮の旦那」と、好奇心のような眼差しで義父を見上げた。

「どうや川辺はん」
「ははっ…!」

 川辺は愉快そうに笑って顎は離される。
 尻餅をついていた水鶏に川辺は「腹ぁ下にして寝転びや」と指示をする。

「わいの仕事は“彫り師”や。あんさん気に入ったわ。上等な面やけど生意気な目やね」

 彫り師。
 理解して這って逃げようかとするも、「大人しくしとってや」と、川辺に頭を押さえつけられ、額を藁に擦った。

「殺されたくなかったら大人しく耐えてや。通仙散つうせんさんくらいは使うてやるけど…」

 川辺は藤宮を見上げて平坦な声色で告げた。

「気ぃ持たしとかんとならんにゃぁ」
「あんたのやる気を呼んだようでんな。外道の気は中々計れん」

 ここで死んでは元も子もないとじたばた動こうか。だが、完全に押さえつけられている。
 …川辺の力に何も出来ない。

 何か、少しこそばゆいが水鶏は少しの間大人しくなった。
 どうやら半紙に下絵を書いているのだと、音や様子、仰向けにされたので理解した。
 「ふっふっふ」と藤宮は不気味に笑う。

 それは了承らしかった。
 再びうつ伏せにさせられ、川辺が針の束を持ったのが見え先程より危機感を得た。

 水鶏が本気で抗おうとするが、「動かん方が痛ないで」と、着物を肩から腰まで剥かれ、あれやこれやと言う間に右肩に、ピリピリと暑い何かが筆だか手だかで塗り込まれる。
 小瓶に入った赤い、滑ったもの。

「こりゃぁ、偉い外科医が奥さんを殺し子供を失明させてまで作った劇薬や。まぁ、わいが作ったんで利くかは定かやないけどな」

 それから右肩に氷水を掛けられた。
 にも、肩に針が刺さって硬直する。
 針の場所が熱く痺れていく。

「…ははっ!肌に即利くもんやな」
「針入れちまってええんか川辺はん」
「一瞬で模様は浮かんできやした。知っとりますか藤宮の旦那。針麻酔は上海なんやで」

 抵抗しようにも「ほら歯ぁ食い縛りぃ、」と、一気に痛みが来て言葉を失った。
 うつ伏せに息を呑み藁を掴むが、つつつ…つつつと肌に、針が走るのを感じている。
 完全に動きが取れなくなった。
 
 徐々に徐々に痛みか痺れか、痺れが強いか「ぅっ…!」と声が出る、後頭部も掴まれる。
 意識が飛びそうになった頃、「あかんでぇ、」と温く滑った声がして。

 「藤宮の旦那、」と呼んだ針師の乱暴な手は離れるのに。
 「あぁええ様や…」と魘されるような声、また掴まれたが跨がるのは針師でない、痛い、痛いと振り向いてみようとすれば藤宮が口に何本か指を突っ込んでくる。はぁ、はぁと吐きそうになる。

 浮かされるか魘されるかの狭間で指は抜かれたのだけど。

「……ぃっ!」

 声も息も全てが死んだ。
 下半身は強烈な痛みで裂かれ生理的に涙が出た。
 それから破かれるような異物感と痛みと…、息は止まってしまう。

「ぅぅっ……!」

 捻り出された。

 「力抜きぃや、」は鼓膜に滑って頭を犯す。汚す、入り込む、怖くて痛くていや、もうわからない。
 
「親子の契りや…ぁっ」

 理解も出来ない、何がなんだかぐちゃぐちゃになる、痛い、痛い、自分は裂けて死んでしまう、痛い、痛い、あぁ、痛い…!

 息は詰まって酸欠で、訳は迷宮に入り込む。
 気も喪えない現象。

 続く暴力…恥辱、に、いっそ殺してくれ、苦しい、誰か、誰かと止まりそうな涙と声に、気を持っていかれそうになった。

- 3 -

*前次#


ページ: