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 三日は倉庫に閉じ込められ、熱に浮かされた自分を、それでも義兄が世話をした。
 墨には手順があるらしい。

 初日は針まで入れられ、二日、三日と色を入れられた。三日を掛けて右肩に藤、次に|百舌鳥《もずどり》が完成する。

 三日全てが激痛で、身体には他にも覚えが作られた。

 それは少年の身体には混迷と衝撃、熱に魘される程の物であり、水鶏は8歳で精通を迎えることとなった。

 心身共にぐちゃぐちゃだった。出る鳴き声も結局は身体に与えられた衝撃の反動でしかなく、喉を潰してしまったに等しい。心はぐったりしてしまい、何も考えずとだらしなく涙だけが流れ落ちる。
 
 兄は弟に手拭いを噛ませた。痛みに耐えるに必要な物だったのだけど、ふらっと回った水鶏の思考は「そうか手拭いを噛ませるような痛みなのか」と、舌を噛んで死のうと思った、魘されているのだから。

 世話をし早くにそれに気が付いた義兄は「どうした」と声を掛けるのだがやめて欲しい、我に却っては声を殺して過呼吸でもどかしい、何かを手にして投げつけたい、暴れたいと気が狂っていくような魘された意識。結局は拳を床に打ち付けるしかやり場はないが、「やめい、やめい!」と手は兄に取られて押さえつけられて。

殺してくれ。

 それは喉を出ていかずはぁはぁと息でしかない。

ひぃ、ひぃ。

 少年の泣いた挑戦的な強い目は絶望に濁っている。歯をぎりぎり噛みまた舌を噛もうとちろっと舌先が出た際に、鷹の本心が揺さぶられた。

 これを狩り取り呆気なく空を飛びたい。

 三日で百舌が浮かぶ様、熱に汚される様、恐怖に染まっていく様。

 何より少年のそれらに泥濘していく様、この情景を目の前で指を咥えて見ていたその濁って粘った逃げられない背徳や魅惑が瞬間に爆発し、鷹は狙いを定めようと、飛び立った際に枝を折ってしまった。

 押さえ付けた手首は折れてしまいそうで、舌を掬い取りかっ浚うように口吸いをし。
 組敷いた少年の涙は妖艶で刺激的、魅惑だった。

 鷹が非力な水鳥を食い散らかして朝を迎えた。水鶏の思考は絶望に陶酔する、今兄として信用しかけた唯一が猛鳥だった。亡骸にすら寄って集る。次々、足から手から喉から心臓、全て、その場に散らばされてしまった。

 死のうというよりもその倉は暗かった。

 引き裂かれ抜かれたような生臭い臓物に朝日が射して薄暗く浮かんだ鷹の満足そうな表情に、生きた心地が腐臭となっていく、死ねた方が楽だったと、気を手放す前に、意味を持たずして眺めていたあの戸の外が浮かんできた。

 少年は脱け殻になる。

 腑抜けたままに熱が冷めたのは更に三日。三日は一切の記憶が曖昧、いや、ほとんどなかった。少年は全ての衝撃に痺れている。

 息は、している。
 冷めてから動く気力はなくなってしまった。また飯すら食わなくなった水鶏が皮と肉、呼吸に声が混じっていくことで人を取り戻した。その頃には嘲笑という物を覚える。

 水鶏ではなく百舌鳥ならば、その首元を木に吊し上げることが可能だろうが、隠れている。

 姉は一体どこに身を潜めてどんな生活をしているだろうか。茂みに逃げ込んでいたらいいのに。
 雄鳥は貴女のたたく音がわからぬ限りは一生逢うことが出来ないのだけど、泣いて欲しくはない。自分は大鳥の暗い巣に紛れたのだから。

 姉を思うことで妙に捨てきれず、水鶏は藤宮一門で契りを交わし百舌となった。

 獲物には大名、所司代、様々がいたのだけど、脱け殻にそれはわからない。

 そのまま少年は狩り鳥として死んだか生きたか魘されたまま、刄を手にして|和泉《いずみ》を飛び交うこととなる。

 どれ程の喉笛を斬り人の地肉を浴びたかはわからない。百舌鳥は獲物の首根を枝に吊るすような鳥だ。殺した、殺されかけた、汚れた。事情などは脱け殻に必要がない。殺した死骸の目と合って同じものだとあるもの全て、己まで食い殺されていく。
 刃は鋭く尖っているから冷たく光るのだ。
 人を殺めては汚れていく。それは生臭く噎せて吐きそうで。水鶏の死んだ情緒には「時に暴れる」という難癖までもついてしまった。そしたら捕まって汚される、まただと難癖は悪化していく一方で、慣れた頃には「気が狂っている」と、だがそれはそもそも気が触れた藤宮に悦びを与え、自分は寵愛を注がれて。
 そうやって、生き長らえる。


 勝手が変わったのは13歳の出来事だった。

 日本が一気に戦慄した。
 黒い、鉄の塊が江戸湾に姿を表した。
 それは怪物なのか、なんなのか。人間がそれを操っているというのだから混乱も憶測も成り立たない。

 黒い怪物は「飛び道具」と「狐狼狸《コロリ》」という猛毒を撒き散らすと言うのだから、日本の暗闇に金を総流ししたも同然だった。

 飛び道具は刀というものを鉄屑に変えるのだし、毒消しには芥子が売れていく。異人はヤクザ商売に打ってつけだったのだ。
 飛び道具は更に、「火薬」を必要とするらしく、武器商人とも争奪となっていく。

 和泉だけでも水面下は一気に戦場と化した。水鶏にもそれは抗えない。発破を掛けて藤宮の満足になければ殺しも増える。

 「異人」という餌に鳥は群がり混沌とした。次の獲物すらわからず理性もないのは野生の性でしかない。

 姉の聲が水鶏の耳をたたいたのは、そんな雑踏の中だった。

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