15
その事件以降、坂本は来なくなった。しかしそんなのも気に止めなくなるほどに忙しい日々が過ぎ、とうとうクリスマスイブがやって来た。
ランチは案外暇で、ゆっくりと過ぎていった。余ったコーヒーを飲んでまったりしていた休憩中、急に柏原さんが、「あっ、そうだった」と、なにかを思い出したように店を出て行った。
まぁよくあることなので、二人で休憩を過ごす。
しかし、ディナーのオープン作業を始めようという時間にも帰ってこない。
どうしたのかなと思っていると、店の扉が空いた。しかしそこにいたのは柏原さんではなく、黒い長袖のワンピースを来た、どこかで見たことがある髪の短い女だった。
「あれ?」
「おっさんの…」
彼女だった。彼女の…なにさんだったけな。
「静さん、でしたっけ」
そうだ、静だ。
静さんは、無言でカウンターまで来て、何やら紙を鞄から出した。見ると不在表で、差出人と受取人がご本人とだけ書かれた物だった。
あれ、これって…。
「昨日、今日と来てるんですけどなんか知ってます?」
それだけ言われても…。しかしどうも彼女は怒っているようだ。
「私には身に覚えがないし、要さんに聞いても、『未来の自分に送っといたんじゃない?』としか言わないし」
あら、この話聞き覚えがあるわよ。もしかして。
「それは俺らにも身に覚えがないなぁ…なんで俺たちだと?」
うわ、光也さん泣き黒子あたりピクピクしちゃってるしニヤニヤしてるよ。こりゃ俺と同じくピンと来たんだね。
「住所知ってる人他にいないと思いまして」
「受取人と差出人、多分だけどフルネームでそーゆーのって書かないとダメじゃないかな?不在表にはご本人って書いてるだけで。となると、あなたのフルネーム知らないと出来ない。しかし、俺たちはあなたのフルネームを知らない」
「知らないんですか?」
「はい。俺たちはあの人に彼女がいたことすら知らなかったから。これはうーん、おっさ…要さんにもう一度聞いてみたら?生憎いまちょっとだけ外してるんだけど待ってれば来るよ。
それか、代引とか着払いにチェックなければ受け取ってみたら?」
「…確かに」
それだけ言って彼女は頭をこくこくと下げて店を出て行ってしまった。見届けて、二人で顔を見合わせて爆笑。
「お客さんの話そのまま使いやがったんだな、あの人!」
「からかってやろっかな」
「いや、敢えて何も言わないでおこう。あの人引きこもりって言ってたし。今回も結構悩んだんじゃない?あの子実はさ」
「かもな。人付き合い苦手みたいだからな、あの人。
でもどうしよう、おっさん帰ってきたら笑っちゃいそうだ俺」
「あー、光也さんそーゆーの下手だからね。もうそしたら白状しよう」
それから少ししてから柏原さんが帰ってきた。
「悪い遅くなったわ!」とか言って、なんかでっかい袋を抱えて戻ってきて、店に入ってきたと思ったらサンタの格好、しかも何故かスカートバージョンに着替えてきたのでこれまた二人で爆笑。
最早彼女の存在を吹き飛ばす破壊力。光也さんなんか爆笑しすぎてしゃがみこんでしまった。
「間違っちゃったんだよ!」
サイズが小さいようでなんかホントに悲惨なことになってる。
「ちょっ…ひでぇ…ふっ…は、腹痛ぇ〜!」
「うるせぇなこんなのお前サイズだ!お前着るか!?」
とか言って光也さんに近付くと、「やめて、こ、こないで変態!うつるから!」とか言われてしまっていた。
光也さんはしばらくツボに入ったまま再起不能。作業がずいぶんと押してしまうという結果に至った。
最終的には俺が、「マジこれこの人仕事にならなくなるレベルの破壊力だから帽子だけにしてください」と言って渋々サンタの帽子だけ被って仕事を開始。
「あんたホント、サプライズ下手だね。次から禁止ね」
「えぇ〜!つまんないじゃん!」
「だって甚大じゃないインパクト与えるんだもん。ダメだよ!面白いけどさ!光也さんツボ浅いからあんたとそーゆーとこ相性悪い!」
折角回復して働いてもその俺の一言でまた笑い始めちゃうし。
「もう光也!お前が笑うの禁止!」
「いやそれは酷だよ!あんたどんな姿か見てないから言えるんだよ!」
「どんな姿?これ…っ!」
いつの間に隠し撮りしたのか、光也さんは柏原さんにケータイ画面を突きつけた。少しぶれてるのは多分笑っちゃったんだろうな。
それ見て柏原さん、恥ずかしくなったらしい。へなへなと頼りなく壁に張り付くように凭れた。
「うわぁ、俺死んだ方がいいかも…」
「まぁまぁ死ぬなよおっさん!」
そう言って笑いを堪えながらまたその情けない姿をぱしゃり。「何してんだよ光也ぁ!」とか言ってなんかじゃれ合っていた。
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