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早く起きたは良いが、すごく暇になった。一眠りしようかな。
ふとちゃぶ台の上にあったカクテル大事典が目に入った。開いてみたら面白かった。
よくよく考えたら俺もあの人も就職先決まったんだな。実感ないけど。だとしたら確かに、これくらい一生懸命にもならないとダメなのか?
あと一ヶ月でこれを全部やろうとしたらなかなか無理があるな。そりゃぁ必死にもなるか。
俺もまずは親に報告しようかな。また反対されるかもしれないけど、もうありのままを伝えよう。いい加減諦めながらもわかってくれるかな。
これは光也さんにも、ねぇちゃんとまた仲を戻す良いきっかけになるといいな。
思い立ったら即行動。まずは親に電話。
4コールくらいで「はい…」と母親の声がした。
「もしもし?俺」
あぁ、これじゃぁ詐欺か。
「はい?」
「ごめんミスった。真里です」
「あ、あぁ!本物ですか?」
半ば笑いながら母親は答えた。あれから連絡なんて全然してなかった。一度電話が掛かってきて少し話したくらいだ。
「どうしたの?」
「突然だけど、就職決まった」
『え!?』
「うん、卒業より前だけどさ」
『どこ?』
「まぁ話すと面倒なんだけど…バイト先でお世話になった人が店を出すことになってさ。そこに」
ちょっとオブラートに包んだかな。
『ええ?もしかして、この前の人?』
「あぁ、あの人も一緒だよ。だけど店建てるのはまた違う人。うーんとね、料理長」
『あらぁ…』
しばし沈黙。これはどういう沈黙だろう。
「一応…報告。突然だけど来月くらいには出来るみたいで。また詳細が決まったら連絡する。てか近々顔出…」
『オープンする日わかったら連絡頂戴。おじいさんにも会えたら…言っておくから』
「へ?」
『へ?じゃないでしょ。またね』
そう言って電話は一方的に切れた。
なんだよ、どっかで顔出すよ、とか言ってやろうかと思ったのにな。
逆にこれは、ちゃんと決まるまで顔出すなと言うことだろうか。
それから一眠りして遅めの昼飯を食った頃、光也さんは帰ってきた。凄く疲れた顔をしていた。
「おかえり。どしたの?」
「ただいま。ちょっとね」
あー、これは仕事で嫌なことがあったパターンですね。
「まぁいいけどさ。昼飯は?」
「大丈夫」
コーヒーをいれて前に置いてやる。「さんきゅ」とか言ってちびちび飲み始め、カクテル大事典を開き始めた。
「そだ、その前にさ」
「ん?」
「俺今日ね、母親に連絡したの」
「ほー、偉いじゃん」
「開店日決まったらまた連絡しろってさ」
「おー、してやれしてやれ」
「でさぁ、光也さん」
「ん?」
俺はケータイを充電器から外して番号を呼び出した。そして光也さんの前に画面を見せつける。
「んんっ!?」
「報告」
「え、まっ、はっ!?」
とか言ってる間に『もしもしぃ?』と本人出た。さすがはねぇさん。早いっすね。
それでも手をぶんぶん振ってる光也さん。仕方ないなぁ。
「もしもーし。久しぶりです」
『久しぶりやなぁ、どないしたん?』
「いやね、報告がありまして」
『なんや結婚か?』
「はっはっは!気が早いなぁねぇさん。まぁ確かに一生に関わるからちょっと電話変わりまーす」
はい、この誤解を解きなさいねというどや顔で渡してやると、光也さんは溜め息を吐いてケータイを受け取った。
「あー…もしもし?」
『えっ!光也!?マジか!?』
「いや違うわ。いやそうやけど。てか久しぶり」
『あ、久しぶり…』
あぁ焦れったいな。しばしの沈黙にちょっとイラついたので脇腹をくすぐる。
「ひっ、ちょ、やめろや!」
『え?何してるんお前』
「いや、あの、ちょっとねってこら真里!まともに喋れんだろうが!」
「焦れったいんだよー」
『え?え?お宅ら何してるん?え?私いまパニックになりかけてるんだけどえ?マジかよ』
「は?なんでパニック?」
『だって将来の話でお前らがなんか何?そんな…なんかねぇ…。
光也、お前、前からちょっとなんかなぁって思っとったんよ。ロリコン疑惑晴れた思ったら…。
なんかここまで来るともう謝ることしか出来へんわ』
「は?え?何?なんの勘違いしてんだメルヘン症候群」
『誰がお花畑やねん殺すぞお前!
なんや、ただのイカガワシイ声聞かせるためなら不愉快やから切るで!』
「いや違うから!色々と違うから!切る前にいっぺん聞けや!あーもうクソめんどくせぇ真里、パス!」
「え、マジかよ」
自分でやっちまったことながらクソめんどくせぇことになってしまった。
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