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店が出来てすぐ、静が一人で来てくれたのはホントに驚いたし嬉しかった。
ホント、純粋に嬉しかったんだ。
自分で一から完成させた何かは初めてだったから。それをちゃんと認めてくれたような気分で。
帰ってもの凄く自慢したら、「自慢するくらい嬉しかったんだね」って言われて。
今まで確かに、自慢出来るものなんて何もなかったから。やっと何かを持てたんだと、実感が出来た。
だけどやっぱり最初は忙しくて、気が付いたらクリスマスで。どうにか、この年のうちにすべての区切りはつけたかったからサプライズを決行した。
お客さんの話まんまパクリやがってとあとでもの凄くバカにされたけど、逆にそれでよかった。俺が建てた店で打ち明けてくれた話だったから。
中身は指輪にした。受取人と差出人を“|穂並《ほなみ》|静《しずか》”にして。
最初は怒ったり不安がったりした。仕方なく開ける時に一緒にいたら、ビックリしていた。
「なんなのよ、もう」
とか言って泣き出すもんだから、本気でビビったけど。
入籍はしばらく待つことにした。まだ経済的に不安定だったから。
3年目くらいのクリスマス近くにふと、指輪を見ながら、「あの時のサプライズ、嬉しかったなぁ」と染々と言って、「私もサプライズ…実は」とか言って腹を押さえて、
「子供…」
とか言われたらさ。
「はぇ!?」
そりゃぁビビるっつーの。
「お、うぉぉ…」
「え、ヤバかった?」
「いや、あの…。
整理が出来ないけど…多分ね…」
メチャクチャ嬉しいんじゃない?
「嬉しいの?嬉しくないの?」
「う、嬉しいです。
え、マジ!?ちょ、俺待って何したらいいの?救急車?え?」
「もう病院行ったよー。3ヵ月だって」
「あれ、うそ、そんな前から出来てたの!?」
「みたいね」
「えー!予想外すぎる!マジかー!え?俺パパっすか」
「パパっす。私ママっす」
「うわー!」
もう何がなんだかわかんなくて取り敢えず抱きついたよね。
「あ、でも俺やっちまったなぁ…」
「何を?」
「いや、子供いたのにめっちゃくちゃセックスしちゃったよ?ヤバくない?」
「ヤバくないから」
「え、てか俺待って、いま突進するように抱きついたけど…」
腹に耳を当ててみる。
やべぇ蹴らないんだけど。
「蹴らないんだけど俺やっちまったかな」
「大丈夫だってば!」
とか言ってたら静の腹が鳴った。腹が減ったらしい。顔を見合わせて笑いあった。
「ご飯作って」
「はい、かしこまりました」
何食わせたらいいか分からなかったけど取り敢えずなんかあっさりしたものを食わせた。何作ったかは全く覚えてないけど。
「明日一緒に病院行こうね」
「はい、はい!」
だが、幸せは一変した。
結果があまりよくなかった。まぁ3ヵ月位だったのでまだなんとかなるかもしれないし…という曖昧な返事だが。
原因は薬だった。
「結構飲みましたね?」
「…はい」
ここに来てまだ、静が処方量以上に飲んでいたことが分かった。
家に帰るまでは二人して無言だった。玄関の扉を閉めてすぐ、「ごめんね」と謝られた。そう言われてしまうと攻めようがない。
「まぁ、まだわからないし」
「…うん」
だがその日の夜。
彼女は久しぶりに自殺未遂をした。薬物の過剰摂取でまた救急車で運んだ。
今回は妊娠中のため点滴では抜けない。まぁそれはそれで問題はないが、それから数日は吐き気と戦って。そして。
「諦めた方が…」
医者にそう言われて。ただ彼女も俺も、それには返事をせずに帰って来た。
「なんで死のうとしたの」
ただ、その言葉しか出てこなくて。
「…怖くなっちゃった。
気付かないで薬飲んでたらこんなことになっちゃったって分かったら、なんかもう…」
「大丈夫だって言っただろ!なぁ、俺はね!
いいよ、お前と生きるから。最初に言っただろ、覚えてる?生きてるって思い知らせてやるって。だから逃げんなよ!
いいよ、もう一度あるでしょ、だから死ななくたって」
「この子はここにしかいないじゃない!」
「じゃぁ、その最後の希望を投げ捨てたのはどこの誰だよ!」
そう言ってしまった。
「…ごめんなさい…!」
「だから…後悔してちゃダメでしょって言ってんだよ。俺も背負うから。お前をこんな風にしたのは俺だ。だけどお前には生きて欲しいから。可能性を棄てて欲しくないんだよ!」
それでも何も言わずただ静かに泣いてるだけだから。
「…わかってくれよ…」
「わかった…」
そう言って顔を上げた彼女を見ると、泣きながら笑っていて。
「わかった…」
その妙な静けさに、雨の音が部屋にまでしとしとと聞こえているような気がして。
頭を少し冷やすにはちょうどいいやと思い、「ちょっと、散歩してくる」と言い残して一度傘を持って外に出た。
なんでこの時ベランダに出なかったのか、ベランダでも充分よかったのに。
取り敢えずタバコでも吸おうと思って近くの公園に行った。一本吸い終わった頃には寒くて、頭も冷えたような気がしたので家に戻ることにした。
そう、別に悲観することなんてないんだと言うことをちゃんと伝えないとならない。ちゃんともっと聞いてあげなくちゃならない、もっと俺が信用されるくらいに、しっかりしなくちゃならない。
まずは結婚を伝えてあげなければならなかったな。そうだそうしよう。セフレみたいな関係が長すぎたんだ。
まずは謝ろう。ごめんね、我が儘でごめんねって。
玄関を開けると家が寒く感じた。なんだろ?暖房つけなかったっけ。
リビングのドアを開けたら、何かドアが引っ張られるように空いて。目の前にはヒラヒラ揺れるカーテンと開け放たれた窓。
え、なに、これ?
嫌な予感しかしなくて駆けるようにベランダに出てみると何もなくて。なんで一発でベランダって、気付いちゃったのかな。
下を覗いて最初は分からなかった。でもなんかある。よく目を細めたら夜なのにその景色だけ物凄く鮮やかに見えて。逆に信じられなくてそこで固まってしまった。通行人すら通らない。間違いない。あれは、
「静…?」
声に出してみたら恐ろしくなって後ずさってしまって。ドアを閉めて一人頭を抱えるようにしゃがんでいると、遠くでパトカーと救急車の音がした。
跡形もなく雨に流れ去った。全部、何もかも。姿形は残さなかった。
ふと目に入った小さな紙切れ。テーブルから落ちたのだろうか。震える手を伸ばしたらたった一言、
『ごめんね、愛してました』
と書いてあった。
走り出して外に出た。間に合わない。すべてが終わっているけれど。
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