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それから家に帰り、
寝ようかなと思ったけど、リビングに通りかかればベランダでタバコを吸うマリちゃんとみっちゃんが見えた。
なんとなく、そこに混ざってみようと、お風呂上がりで濡れた髪を拭きながら窓を開けてみる。
振り返る二人の姿もいつも通り。星が綺麗な、春の風が吹いてきて。
にやっと笑ったマリちゃんが、「珍しいな」と言いながら手招きをして。
「小夜にタバコの臭いが移るだろ、真里」
と少し嗜めるみっちゃん。笑ったままのマリちゃんが「風邪引くなよ」と、みっちゃんそっちのけで。
着ていた、家着のジップパーカを脱いで私に被せてくれたマリちゃんは、正直寒そうだったけど。
「あれだってさ、小夜」
夜空をタバコで指したマリちゃんに「ん?」と、空を眺めようと私も二人の間に入って。
みっちゃんが「風邪引くなよ、ホントに」とか言いながら後ろから包み込むように緩く抱き締めるように、私の肩から下がったタオルでやんわりと髪を拭いてくれた。
「あれ。ちょっと大きいけど」
みっちゃんの細い指が短くなったタバコで星を繋いで、夜空に絵を描く。
よくこうして何度も、星を見た。3人で。
しかしその星座は、去年、とても大切な人とプラネタリウムでも、見た。
「おとめ座?」
「あっ」
嬉しそうににやりと笑って私を見るみっちゃんとに、なんだか暖かいような、切ないような気持ちになって。
「知ってるか」
「うん。春の神様が、娘に逢えた証。でしょ?」
「なんだ、小夜も詳しくなったのか、星座」
そう言ってマリちゃんはベランダの手摺りに肘をつき「俺もうどれだかわかんねぇや」と言ってタバコを灰皿に捨てた。
「…春が暖かいのは、娘に逢える季節なんだって。だからその前に冬があるんだって、聞いたよ」
「そうそう。本で読んだの?」
「ううん。プラネタリウム」
何故かマリちゃんが吹き出した。
みっちゃんを見れば、少し驚いた顔をしていて、なにか言いたそうだが言えないらしかった。そんな顔をしている。
「…プラネタリウムって」
「あー光也さんそれ聞かない方がよくね?
小夜も大人になったなぁ。そんなん誰と行ったんだか」
マリちゃんが凄くにやにやしている。
…|一喜《かずき》先輩と、去年の今頃。誘われてふたりで行ってきました。
おとめ座が光る。目立つスピカ。わかりやすい星で、きっと誰でも見つけられる。
「…まぁ、」
仕切り直したようにみっちゃんが星を眺める。ふと切ない顔をしたような気がしたけど。
「見てるといいな。
妖精と、水仙を摘んでいたら拐われたんだよ、あの星は」
「…そうなの?」
「冥界の神さまはそれほど、好きになったんだよ、あの、星をさ」
ぼんやりと眺めるみっちゃんに「それは知らなかったな」とマリちゃんが言う。
「だから、春はとても花が咲くんだよ」
「…俺は花粉で凄くこの季節、ここ数年、恨みしかなかったよ光也さん」
「あ、お前今大丈夫かよ」
「花という単語で思い出しちゃったんだよ。
けどまぁ、」
ふいに視線を足元に落とすマリちゃんは、
去年、|雪子《ゆきこ》さんから貰ったチューリップを眺めた。この前マリちゃんがくしゃみをしながら植え替えていたので、今年もまた、綺麗な赤色の蕾が出ている。
「見てるといいねぇ、みんな。
しかし不思議だよな。
おとめ座は見えるじゃん?そのおとめ座さんは花を摘んで楽しんでいた。なんか、あいつは空にいるのに、不思議な季節だな」
ちらっとマリちゃんは私と、なによりみっちゃんを見る。
「俺は側で一緒に見れるから、まぁ満足なんだけど」
それからふと。
くしゃみをしたマリちゃん。
最早それは精神的な物のような気がするけど、マリちゃん。
「然り気無いねマリちゃん」
「若干俺も今思ったわ。
さぁ、小夜も風邪引くし、マリはあんなだし、寒いから部屋戻ろ」
へっくし、へっくしとくしゃみが止まらなくなってしまったマリちゃんの為に、私たちは一足先にリビングへ戻り、壁にかけていたコロコロで全身の花粉を取った(つもり)。
髪の毛を乾かそうと、リビングから去るときに、「明日大丈夫かよ真里」とか、「マスクとティッシュ箱必須だなこれ」という会話が聞こえてきた。
ホントに、
卒業式、という意外、日常だ。
あの時は。
ふと思い出して。
去年はどうだったかな、そうだ、先輩はあの高校を卒業しなかったんだと思い出した。
一般席に制服で着て、仲間を見送った先輩。高校最後の、高校生の正装。
海外留学した|岸本《きしもと》先輩や、
辞めてしまった|浦賀《うらが》先輩。そしていまはあの空にいるだろう浦賀先輩の弟。
最後にちゃんと私に言葉を残してくれた一喜先輩。
私、どうやら卒業なんです。鳥籠と言ったあの場所から、巣立つみたいです。
見ていたらいいな、この澄んだ春の空を。一緒には、見れなかったけれど。
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