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 それが俺の本体(眼鏡)の最期。

 それからは目が見えない俺をあまちゃんが家まで送ってくれました。まぁメンバーやスタッフと何故か一緒にそれから飲みに行ってからですけど。

 スタッフが全額飲み代を払い、ついでに眼鏡代を俺に渡して「今回はチャラにしましょう」とかほざいて事件は全て終了。多分置いてきてしまったグリーンハイツの|山田《やまだ》|世界《せかい》は大丈夫なんだろうかとかいうのも、クソほど飲んだら忘れた。クソほど飲んだら目も見えた気になった。

 で、帰って朝を迎えて今に至るわけである。

「ねぇ先輩」
「なんだよ」
「いくらなんでもいきなりイメチェンしすぎじゃないっすか?ねぇ。エキセントリックすぎて見れねぇんですけどー」
「エキセントリックブスで悪かったなクソ後輩。ただ本体がねぇだけだわ」
「いや違いますよ。え、ホントに眼鏡ねぇだけ?」
「そーだよ。遅くまで飲んでたし。だから余計に顔やべぇんだよ」

 大号泣したしな。これは言いたくねぇマジで。

 エレベーターの上の階を押して待つ。喫煙所に行こう。タバコ吸いたい。

「あんた色々損してるよね。性格もだけど。
 まぁいいやなんかその顔も見慣れてきたわ。美人は三日で飽きるけどってホントだわ。
 ねぇそんなことよりさ、楽しかったんでしょ昨日。眼鏡なくすレベルに」
「まぁそうねぇ」
「ね、そんなによかったの?」
「なんだよ」

 なんだかにやにや気持ち悪くゲスい顔をしている。
 なんだこいつ。気持ち悪ぃな、端末俺バリに。

「いやさぁ…」

 ふと、北谷はアイホンを取り出し、「ほれ!」と仁王立ちで画面を叩きつけるように俺に見せてきた。

 エレベーターはそのタイミングでくる。取り敢えずエレベーターには誰も乗ってない、さぁ乗ろうとしたとき見せられたのはあの、俺の失神シーンで。

「あ゛っ、」

 変な、動物が首閉められて絶命するときみたいな声が思わず俺の口から飛び出した。

 北谷は閉まりそうになるエレベーターのボタンを押し、「ちょっと!」と俺を押し飛ばして無理矢理自動扉を開けて入り込んだ。

 クソアマぁ、本体無いからって調子こみやがって。

「あっぶねぇよ!」
「すんませんつい!」

 おかげでタイミング悪く閉まりかけだか空きかけだかよくわかんない扉にちょっと当たった。痛ぇよ。

 エレベーターはそれでも閉まる。「5階っすね」と言われ、「うん」と答えた。

「でさぁ」
「うん。お前さ」
「マジやべぇよ先輩…!これやっぱそうだよね!」
「…いや?覚え」
「相変わらず嘘下手っすね。目游ぎすぎ。
マジかよこれー。ひっひっひ、マジウケるんですけど!」
「やめてよしてホントごめんなんでもするからそれもう観ないで観せないで」
「まぁ黒歴史っすよね」
「あぁぁー!」

 もうシャウトするしかない。
 頭抱えてシャウトした瞬間エレベーターが開いた。扉の向こうのおっさんがゲテモノを見る目で俺たちを見る。

「ども〜…」

 と北谷が愛想笑いで俺をエレベーターのハコから引っ張り出す。

 あぁぁー!死にてぇ!タバコ!ニコチンとタール!

「まったくしょうもなくセンスねぇ先輩だなおい」

 そのまま喫煙所まで引っ張られ、抜け殻状態の俺のジャケットからセッターマイルドと100円ライターを引っ張り出し、一本出してくわえさせてくれた。

 なんてセンスないの俺。

 流石にクソ過ぎる。自分を戒めて火は自分でつけた。一口目で噎せたけどおかげでラリっちまうんじゃねぇかってレベルのニコチンとタールが喉と脳にダイレクト。朝の目覚め、これからの営業に凄まじく効果的だった。

「大丈夫かよ」

 北谷が心配そうに、自分もクールのメンソールをカチッと|齧《かじ》った。

「でなに?ライブ帰ってきたら陰険眼鏡が本体を捨てて劇的ビフォーアフターするレベルのバンドって凄いね。やっぱでんにじ?あれから聴きましたよ、確かにやべぇよねあれ」
「いや本体は事故なんだよ今日作りに行くよなんなら営業中に作りに行くよ」
「あそれいいね。発想がパンクだから付き合いたいけどその間暇だしなにより先輩そのままの方が…
あーでもまた営業行かされるのマジ勘弁だから行こう。あたしその間でんにじCD買ってくるよ」
「売ってんの?」
「え、売ってねぇの?」
「わかんね」
「えてか事故ってなに?歳甲斐もなく激しい突進したのは想像つくんだよこの動画で。これでなくしたんじゃねぇの?
 あたし感心したのは、失神、つまり命の危機でもやっぱ本体は端末と離れないんだなぁと思って観たよこの…ふっ、」
「やめろ忘れろ違う、そこでは確かにあったんだよ!」

 思い出し笑いをしてしまいには噎せ始めた北谷の背をさすりながら、視線が辛くなってきた会社の喫煙所を取り敢えず出て眼鏡屋に向かうことにした。

 向かう道すがら、電車で事の顛末を話す。

 北谷の笑いを更に助長した。わかっていたけど話したことを後悔した。

「ひ、ひっでぇ…!マジ?へ?ほ…ホントの話ぃ!?」
「大マジだよ。それからみんなで飲み行った。スタッフも一緒に。
で、そのスタッフが飲み代全額払ってくれて、眼鏡代もくれた。で、『これでチャラで』って」
「うわぁー、まぁよかったねでんにじ。古里さんいなかったら出禁やん」
「まぁ…確かにそうなるね」
「で、それからあまちゃんはどうしたの」
「それがさぁ」

 言っているところで目的の駅についた。話はそこで途切れ、電車を降りて駅内の眼鏡屋に向かった。

 視力検査中、ついでに北谷は無理を承知で営業を掛けた。

 なんとOK。
 それから眼鏡が出来る1時間の間に3件決めた。
 ずばり俺達は、印刷会社勤務である。眼鏡屋には小型印刷機を推してみたら案外いけた。意外にもセンスがあるな後輩、侮れない。

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