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 ダルさで寝そうな出勤時間。電車待ちながら2回くらい危うくホームに落ちかけた。

 そして会社についた頃には「うわっ」とか「どうした」とか先輩方から言われ、上司には、「お前ってコンタクトの方がいいんじゃないの?」とかよくわかんねぇことを言われ更に、「てか本体どこにやったの」と同僚に茶化された。

 そうなんです俺。今日、本体(眼鏡)が無いんです。
 そしたらみんなこんな反応なんです。

 更に後から出勤してきた後輩、|北谷《きたたに》なんかは、明らかに不信な目をして「お、おはようございますぅ」と、それから凄い朝の爽やかスマイルで言って隣のデスクに座った。

 これ確か初めて会ったときのやつだ。こう、微妙に口角引きつってるやつ。
 ははぁん、俺が誰だかわかんないんだなこのポンコツ後輩。

 面白いから知らない人風の「おはようございます」をぶちかましたら多分この人見知り、死んでしまうかなとか意地悪な考えが過ったのに「ぷっはぁ!」と爆笑された。

 なんだよ、ぷっはぁ!って。

「|古里《ふるさと》さんマジっすか」
「あぁ、はい」
「ウケるんですけど誰だお前」
「ちょっと仮にも先輩なんですけどなんだお前」
「え、チビった。マジかよこっち見ないで仕事出来ない…」

 そう言って北谷は俯いてしまった。

 なに俺そんなに気持ち悪いの?こんな狭い部署、10人くらいに動揺走らせるレベルに?それって最早部署移動じゃない?

「古里くん」
「はいぃ!」

 ベストタイミング?で部長に呼ばれてしまった。なんなのなんなの部署移動なの?
 「いやそんな身構えなくても…」と部長に言われ、渡された、いかにもなパンフレットの束。

「今日の店舗巡りは君に決めた!」
「えっ、」
「北谷さんと一緒にね!」
「えぇぇぇ!」
「だいじょーぶ、多分今日でいけるよ。いつもなら2日だろうけど。
 だからってだらだらやらないでね?計算二人を出しているには意味があるんだからね?」
「マジで言ってるんすか」
「僕はねぇ、君、眼鏡無い方がいいと思うんだよ。あとはもーちょっと砕けた営業技術があれば売上上がると思う。ほら、行ってきて!早く!」

 部長にしっしとされ、仕方なくパンフレット(ざっと30部)を持って振り返れば、「なんで気色悪ぃ眼鏡忘れてくんだよ!」と避難すら受ける待遇。
 それに対し、「…彼女の色気も学ばせてやれよ」と、同情の目で部長から見られるし。

 マジかよー。なんだよそれー。

 仕方なく俺は紙袋にパンフレットを入れコートを着て、不機嫌ブス顔の北谷に「ほら、行くぞ」と声を掛ければ「あ、え、はぁ…」と、なんかよくわかんねぇ気の抜けた返事をしてヤツは俯く。
 そそくさと自分もコートを着て目も合わしてくれなかった。

 そんな露骨に気持ち悪いか俺。
 わかってたけど軽くショックだわ。

 そもそも本体(眼鏡)をどうしたかと言えば、それは昨日のこと。

 俺は一人、|下北沢《しもきたざわ》のライブハウスに行きました。

 そこで色々あってまぁ、大興奮の後にバンドの“エレクトリック・レインボー”の連中の色々を見て大感激。最後は連絡先交換に行きついたのですがそのときの出来事でした。

「みんなで“エレクトリック・レインボー”通称“でんにじ”!よろっくおねがいしゃーす!」

 ギターボーカルのあまちゃん、こと|天崎《あまざき》|真樹《まき》が、手を合わせてお辞儀をした瞬間に感極まった俺は、

「うぅ、ひっく、よ、よろしくぅぅ…!」

 感極まりアドレナリン有り余って大号泣してしまいまして。

「うわっ」
「え、なにそれ」
「え、ぁいじょーぶぅ?頭痛い?死んじゃう?大変、大変だぉ、ど、どうしよ、ねぇ、」

 あまちゃんが俺の目の前でテンパり、俺、目の前で眼鏡はずして涙を拭いていましたら。

「眼鏡、眼鏡!」

 と、あまちゃんが優しさなのかなんなのかよくわからないけど眼鏡を預かってくれて。ついでに、「顔あげて、ね、ね、」と、さっきまで自分の涙を拭いていた袖で涙を拭いてくれて顔を覗き込む姿が可愛いなぁこの野郎、この際お前がそれ涙とか鼻水とか拭いてた袖じゃねぇかとか言うのもアドレナリン。俺も今なら抱きついていいかなぁ、とか思って顔をあげたら。

 あまちゃんが息を呑んだのはわかった。真顔のまま突然両手を上げ、硬直。
 あまちゃんの手に握られていた眼鏡が綺麗に放物線を描いて後ろにがしゃん、と落ちた、音がした。

「あっ」

 まぁそれくらいじゃ壊れないだろうけどちょっと不安になって、しかしまずはあまちゃんの両手を俺が下げ、「大丈夫ですか、気を確かに」と言うと、「は、あっ、」と、なんか知らねぇが驚愕顔してるから「え?え?」とこっちまで動揺。

 メンバーが物凄く唖然としたように眺めていて。

「なにしてんすかあれ」

 そしてスタッフのダルそうな声が聞こえて。

「ねぇてか天崎さん、あんたさ、」

 スタッフが勢い余って歩いてきてしまって。

「あぁっ!」

 がしゃ。

「へ?」

 完璧に逝ってしまった。
 スタッフ驚いて足元を恐る恐る見る。
 そして。

「なんじゃこれはぁぁ!」

 絶叫。よく見えない俺全てを察した。

 さようなら本体。端末はもう動けません。

 しかし、目の前の小動物はもう少しトリッキー、いや最先端、いや、クレイジーだった。

「いやぁぁぁ!」

 と、突然発狂。

 はっきり言って、クソ迷惑。
 心臓に響くくらい、言うならばマジでビックリして心臓止まるかと思った。

「なによあんた、えぇぇ!?」

 いやお前がなんだよ怖ぇよやべぇよ。

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