6


 痛く無機質にさっきまでネックを握っていた右手でその文明連絡手段を手にし、画面に優しすぎるくらい、というより雑に触れ、耳にあてて「あい」と応答。

「そうだよ、なに?え?うん。どこって…日本中。いやふざけてないけど。うーん、じゃぁ東京。は?いや、それ答えなかったでしょみんな。なんで?だってもう別に俺らなんかある?俺言ったよね、別れるから出てくって。
 あーうんじゃぁあれ、いまセフレん家。はは、うんまあ嘘。は?なんで?そうねぇ…」

 どうやら女らしい。
 あまちゃんは息を吸い込み、嘲笑のような、バカにした口調で更に続けた。

「お前みたいにねぇ、0.01ミリで朝まで3回以上とかマジ無理、あれ高けぇし何よりだりぃわ、身体もたねぇしあんな破けるもん中出しのが早いしなんたる拷問だし最早わけわかんねぇんだよ。何千億匹精子ぶっ殺せば気が済むんだよ一晩で。しかも二日にいっぺんとか正気かよ。ムリもうムリ!間の日に他の男挟んでそれとかやべぇぞ死ね!てか死ぬ!じゃぁなアバズレ!」

 うわぁぁぁ。
 聞きたくなかったぁぁぁ。

 ふー。と電話を切って、また掛かってきた電話を即効で切り、なんだか操作していた。恐らく着拒だろう。

「…あの歌ガチだったんだな」
「まぁね。俺大体そう」

 あっけらかん言い振り向いてにやぁっと笑う顔がなんだかいたずらっ子みたいで。

「大体頭おかしいっしょ。おかげで不眠加速だわ気が狂うし」
「だろうね」

 なるほど、そりゃぁ女作りたくなくなるわ。

「つか今更かよ。いつの話してんだよ気色悪いな。多分あっちの男と別れたんだろこいつ」
「今更?」
「別れて…半年くらい?」
「気持ち悪っ」
「多分俺ん家に行ったんだろーね」
「なんかよかったんだか悪かったんだか」

 とか話していたらまた電話が鳴った。
 「えっ、」と言って覗いたあまちゃん、それから「うわっ」と言ってまた深呼吸。再び電話に出た。

「あい、こんにちあ。
 そうですよ。えぇ?なんですかー。そんな人を幽霊みたいに。生きてますけどなんですか?相変わらずお元気そうでえぇ、ふざけてます、あい。
 え?いえ。帰る気ないっす。あ、それ俺です。なんでもう貴方とはなんも…え、うーんまぁだってそれはあんたがそうしたんじゃない。
 わかってたでしょ?俺そんなにいい子じゃないって。
 …あっそう。それで脅してるつもり?」

 なんだか淡々とした口調だが少し、掠れた声に震えが感じ取れた気がした。

 野菜はまだ掛かりそう。ソファに座って俺もコーヒーを飲むことにする。

 ついでにタバコにも火をつけた。あまちゃんは、そんな俺に少し背を向ける。

「それくらい今更いいよ。捨てるプライドなんてもーないし。
 あんたには世話になった。けどもう嫌だ。俺はそーゆーの…。
 …それも話をつけるから。大丈夫、あんたなしでもやっていける。
 …はぁ?違約金?…なにそれ」

 事務所だろうか。どうやら揉めてそうだ。

「…まぁいいやはいはい。明日行ったげる。一日中。
 大丈夫わかってるよ。ただ前回みたいに変な薬はやめてください。俺睡眠薬飲んでるから。はい、はーい」

 なんだなんだ。
 後半ちょっと単語がヤバかったけど。

 あまちゃんはまたふー、と言って電話を切った。

「事務所のしゃちょー」
「あぁ、やっぱり」
「契約切ろうかと思って」
「あらあら」
「でも難航しそうだなぁ…嫌だなあ…。明日帰ってこなかったら朝かなぁ」
「朝帰りかよ」
「うん、そんなとこ」

 怪しすぎるだろ。
 思わず「大丈夫?」と聞いてしまったが、「ダメかも」と正直な返事。

「家に帰らなかったから怒ったみたいよ」
「は?」
「しゃちょー」
「なんで」
「まぁしゃちょーの持ち物だからねぇ」
「ん?」
「喧嘩したらおんだされた」
「君ってさぁ、わかってたけどわりとアホだよね」
「うん」
「まぁでも…」

 追い出されてやめたくなるくらいの喧嘩で解雇されないってなに?てか家与えられるって…。

 色々な矛盾にぶち当たっている気がする。多分こいつは今俺に隠し事満載だ。そして昼間の北谷の言葉を少し前から思い出してる。俺ってやっぱセンスないかも。

 切な気に俯いてギブソンを眺めるあまちゃんにこれ以上詮索しても仕方がないと思った。壁はある。あまちゃんと真樹以上に。当たり前だけど。だが何故、だったらこいつは俺の元に転がり込んだのか、甚だ疑問である。

「…真樹、」

 あまちゃんは少し意外そうな目をして、しかしどうやら弱りきってはいるらしい表情で俺を見つめる。なんだかそれが非現実的なような、妖艶さ。よく見ればこいつ、首筋、喉仏あんま目立たない。

「大根とゴボウと鶏肉と、ナスとネギを今からいれようと思うんだよ。やっぱり醤油ベースだよね」
「…え?」
「うどん。そろそろ野菜達がいい具合だと思うんだ」
「…油揚げは?」
「昨日家にいなかったからないな」
「卵は?」
「いいよ。じゃぁ味噌かな」
「…やった」

 やっぱり俺、センスねぇなぁ。
 けどまぁいいかぁ。なんかこいつと大して変わらんし。

 しかし案外天崎真樹さんは小さな幸せ派なのかもしれませんね。そこから出て行くあの言葉。凶器の裏には被害者がいる。その哀愁も愛も受け入れた寛容は誰か、どこかで必要だ。傷の舐め合いもある意味、寛容かもしれない。

 これおかん的なのかな。このままいったら俺、ガチでこいつに家与えちゃうかな。だってセンスねぇもんな。

 と思いながら味噌を溶かして卵を落とした。明日北谷に相談しよう。多分凄まじく人相の悪い顔で「バカじゃねぇ?」って言われるんだろうな。

- 17 -

*前次#


ページ: