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いやわかってるけどね。
本当は自分が何が言いたいかなんてことは。
「…仲間とかは知らないんだね?」
「知ってるんじゃない?」
「え?」
「ただ、踏み込まない。げんちゃんは違うけどふみととハゲは、そーゆーことされると俺、なんも出来なくなるの知ってるから。
いや、流石に家なき子は知らないか。でもまぁよくあることだから。バレる前に家探すよ」
「なんで?」
「ロックンローラーはさすらうのさ」
なにそれ。
「かっけぇけど、大丈夫?」
「うん。
仕方ないねぇ。大体こんなとき彼女ん家に転がり込むんだけど、いま無理だね作れないわなんとなく。なんかそーゆーんやる気なぁい」
「もしかしてあまちゃんさ、わりと、捨て身なの?」
「読心術っぽいね。わかんないや、へへっ」
しかしそう言って笑うあまちゃんの笑顔とか。
今喋ってる感じとか。
昨日のあれとはなんか違う。なんかすっ飛んでる感ゼロ。舌も足りている。
やっぱあれってライブ特有なのかしらとか、ぼんやり考えた。でも、なんとなく、それとも違う気がする。
二重人格?と言うよりは、昨日よりもう少し輪郭がはっきりしているというか。あぁ、あれか、躁病感が抜けてんのか。
ガチで薬でもやってたりして。でも、それにしちゃなんか、いや、わかんねぇけどイメージ的に危険度低い気がする。
「あまちゃん」
「ん?なぁに?」
「もしも、もしもだよ?俺がいま、一緒に住んでいいよって言ったら、君どうする?嫌がる?嬉しい?どっち?」
「え、」
あまちゃんは、硬直してじっと俺を見つめた。
それだけはどうやら変わらないらしい。
「まぁ純粋にさ。
君をほっとく道徳が俺の中にねぇっていうエゴ」
「エゴ…」
「それだけだよ」
本当はそうじゃない。
君に興味が沸いた。
しかしこういう人種は。多分こういう壁を作るタイプは、それを言ったら今すぐ出て行って路頭に迷ってでも拒否するんだろうから。
「うん、そっか…うん、でも…。
合鍵でいい?俺、ちょっと…」
「うんいいよ。来たくなったら来れば?」
「スバルくん」
「なんだい」
「君は…多分、変だと思う」
そう言いながら。
硬直を解いてにっこりぎこちなく笑った顔が最早少女のように可愛らしくて。なんだろう不思議。これって最早おかんのような感覚。
「取り敢えずは土曜までね」
「あいよ。さぁて…。
あまちゃん、飯食おう。俺いま凄くうどん食いたいんだけどうどんでいい?」
「いいよ。スバルくん作れんの?」
「そりゃぁ一人暮らし長いからね」
「へぇ。まぁ器用そうだよね。
俺手伝えないからギター弾いてていい?」
それは是非とも弾いてくださいよ。
しかし俺ってわりとツンデレ。
「まぁ好きにしな。アンプ繋いだら強制退去ね」
「はぁい。ありがと」
可愛いよぅ。
彼女にしたい、女に生まれてこいよあまちゃん。
昨日こいつゲロ吐いてたし、行った居酒屋でも記憶が正しければなんも食ってねぇな。
あんまなんも食ってねぇかもな、わからんけど。
「ねぇあまちゃん」
「なに」
「あれからなに食ったの」
「んー、コーヒー」
やっぱりな。
「うどんでよかったね」
「ん?うん、そうなの?」
取り敢えず栄養が取れそうな野菜を入れよう。大根とかあったし。ネギもあったし。取り敢えず野菜を入れよう。
なんとなくそう決めて立ち上がり、キッチンに立って冷蔵庫を開けて考え、なんとなく野菜を切っていった。
玄関からギターを運ぶと、「そいえばさ」と話し掛けてくる。
「スバルくん|清志郎《きよしろう》さんの葬式出たぁ?」
何故そうなる。
というか何故知っているファンだったのを。
「漁ったな、CD」
「ずっと夢ぇ〜を見て〜」
「今も〜見てる〜僕はぁ」
「でぃどりぃ、びりばーぁ」
「そんで?漁ったんだね」
あぁ、なんて甘く掠れているのセブンアンドアイ。清志郎とはまた違う。
「漁ったって人聞き悪い。拝見したの」
あまちゃんはそれからギターを取り出して眺めていた。話題にあがったGibson Les Paulの青いやつ。見た感じブラックビューティーのあれっぽい。
ふと弾き始めたフレーズはセブンアンドアイのそれだったり、チバさんだったり、俺が知らない曲だったり。
その事情に、野菜に火を通す間見入ってしまった。
なんだよ上手いじゃん。なんでソロの時だけあんなにボロクソになっちゃうの。チバさんとかのだいぶ高度なやつ弾けてんじゃん。
たまに聞こえるような気がする鼻唄がまた甘く切ない。ねぇねぇでんにじ弾かないの?いやしかし俺ってそーゆーの言える奴じゃない。さっきあんだけ下手クソって言っちゃったし。気のない素振りしとこう。
とか思ったらこの前聴いたような聴いてないようなワンフレーズが鼓膜を叩いて。
心地いい鼻唄と相乗効果。昨日より掠れてるけど。そうか、アーティストって、こうやって出来てるんだと知る。
甘ったるい陶酔に似ている。掠れが不思議な世界観。こいつの唄は、メロディーは、痺れと甘さ。それがいま俺の家、手を伸ばせば届く位置にあるなんて。
なんて微睡んで酔いしれる。ふんふんふんふん、I hate music everything.
そんな意識をつんざいたのは、無機質で電子的な電話の呼び出し音。ピタッとギターも唄もやめ、あまちゃんはソファーにぶん投げてあった白いスマホを横目で見て溜め息を吐いた。
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