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 和やかになりつつある空気の中、「うぅ…」と唸り、顔をしかめてあまちゃんが起きた。
 「真樹、」と、冷静な国木田の声色、そして一同が緊迫した。

 薄目を開けたあまちゃんに、手を握る国木田とその後ろから覗き込むふみと。その隣にいるげんちゃんもほっとしたようだ。
 俺は向かい側で一人、三人を見守ることにした。

「真樹、わかるか、おい、」
「心配したんだよ。今日スタ練の日」
「あまちゃん、大丈夫?」

 何も言わない間が出来た。
 しかし、はっと目を開け、突然ガバッと起き上がるあまちゃん。ビビったのは一同一緒らしい。全員一瞬ぴくっとした。
 そして血圧のせいか、「うぅ…」と頭を押さえるあまちゃん。「だ、大丈夫?」と、げんちゃんが顔を覗き、ふみとが背を擦っている。

「ちょっと、なんれお前らいっ、いるん!」

 噛んだ。そして舌回ってないぞあまちゃん。

「お前が来ないから昴くんに俺が聞いて色々あって事の顛末を知りました」

はっと見られた。
 血の気のない顔をしている。しかしどうやら焦点は大丈夫。取り敢えず曖昧に微笑んで軽く手を振った。

「なんで!言っごほっ、」

 咳き込むあまちゃんの背をふみとがまだ擦り、「はーいしんこきゅー。げんちゃんお水ー」とか言いながら介護している。

「いやあまちゃん、あんたが来ないのが悪いよねスタ練だよ?」

 水を渡しながらげんちゃん、冷静な慈悲のないフォローありがとう。おかげで俺にみんな頷いてくれて票を獲得出来そうだよ。

「そんなっ!」
「いや真樹の取り越し苦労は認めるよ?優しいんだよね」
「それどうなのふみと」
「でも残念ながら俺たち来月から無職だからね真樹」
「はぇ!?」

 また咳き込む。今度は水を飲ませる係に転身したふみと。

「なんで…、」
「だから言ってるでしょ取り越し苦労だって」

 あまちゃんは俯いて黙りこんで硬直した。布団を握りしめている。

「…別に真樹のせいじゃない。俺が社長に言ったんだ。昴くんにだって、俺が電話して聞いたら朝社長のとこに出てったって言うから。
なぁ真樹、」

 しかしあまちゃんは動けない。国木田はあまちゃんをそれでも逃がさず見つめる。

 根負けして国木田はあまちゃんを抱き締めた。あまちゃんは震える手で恐る恐る徐々に手を伸ばし、薄く目を閉じた。

「ウーグイダン」

 少しだけ首を傾げ、耳元に熱く吐くように、妖艶なような、子供の内緒話のような一言。その一言に国木田は、驚いたように一瞬目を開き、そして口角をひきつらせてあまちゃんを離し、冷たい目で見つめた。

「ズオヤー!」

 あまちゃんはそれを嘲笑って、しかし次の瞬間点滴を腕から引っ張って抜き、国木田にぶん投げた。

「やめろ二人とも!」

 そこへふみとが割って入る。両者睨み合い、「ふん、」と言って視線を反らしたのはふみとだった。

「バカはどっちだクソったれ。いつもそうだお前は、俺らに何も残さない…!」
「…ナトリ、」
「清々した。しばらく寝てやがれこのバカ!」

 そう言って国木田は、「ハゲさん、」と言うげんちゃんの声に後ろ手を振って病室を出てしまった。

 一瞬の出来事に全然わかんなかったんだけどなにあれ。多分すげぇ悪口を言い合ったんだろう、くらいだったんだが。

「あれは真樹が悪いよ」
「何て言ったの…、あれ」
「真樹がバカ野郎って。日本語のそれよりもタチが悪い意味。それに、男娼と返したのあいつが」
「うわっ…」

 げんちゃんが思わず絶句してあまちゃんを見た。それに、「あんだよ」と嘲笑した。

「…あまちゃん、なんでよ」
「うるさい」
「うるさいじゃねぇよ」
「うるさいんだよみんなして。なぁ、なんなんだよ!あぁもう!どいつもこいつも!ほっときゃいいのになんなんだよ!
 こんなクソ野郎ほっといたって死ねねぇんだよ実際死んでねぇしよ、わかんだろ、えぇ!?いままで俺が死んだことあるか、なぁ!?ねぇよなねぇんだよ!」
「だからさ、その哀愁は嫌だってこの前言ったじゃん」
「はぁ!?なに言ってっかよくわかんねぇし」
「真樹、いい加減にしろよ」

 ふみとの低い声が腹に響いた。
 心底お怒りのようだ。そりゃぁ、まぁそうだろう。

「…ナトリ追いかけるけど、いいね?」

 あまちゃんは答えない。しかし硬直したわけでなく、ただ黙ってじっと、その綺麗な瞳でふみとを見上げていた。

 ふみととげんちゃんは見つめ合い、頷いてげんちゃんが病室を去った。それからふみとはあまちゃんに視線を合わせ、頭に手を伸ばす。

 鷲掴む、と思いきや優しく頭を撫で、「俺たちもあんたも今回は勝手したね。でも気持ちわかった?」と、今度は優しい低音で訪ねた。それから優しく微笑み、「いい子だから」と言って手を離した。

 それからふみとと目が合って会釈をされた。頷き返せば彼もまた、病室を去って行く。

 しばらくあまちゃんは硬直していた。

 恐る恐るまわり込んで顔を覗いてやれば、静かに泣いていて。それがまた綺麗だなぁ、とか詩的な、いや不謹慎なことを思ってしまったりなんかして。

「あまちゃん、」

 呼びかけて漸く顔を向けてくれた。
仕方ない。
 袖で黙って涙を拭いてやると、結構強めに拒否るように退かされた。

「痛い」
「ごめん」
「なんで言ったの」
「言っちゃダメって言いましたっけ」
「わかるよね普通!」
「わかんないわかんない」
「センスねぇ」
「あんたに言われたくねぇよ。ねぇあまちゃん」
「あんだよ」
「ギブソンまだ売ってないからね」
「は?」

 あまちゃんは目をぱちくりして俺を見つめた。
覚えてないのかなあ、覚えているのかなぁ。

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