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「おもろくないね」
掠れた声が聞こえてきて。
「はいはいわかったよマキ」
「大体あれ誰?俺知らねぇけど。マジウケる」
「やめれこらこら」
笑い声の先。
「あっ…」
間違いない。
天崎真樹?
しかしその雑談はどうやら売店からホールの裏手の方へ移動して行くようで。
少し追いかけてみたけどどうもスーツの背中は、ホールの、関係者入り口へ消えてしまった。
残念すぎる。あともう少しで接触だった。
少しして扉が開いて雑踏と、ホールから少しの客が立ち去って行った。
そうだ戻ろうと、スクリュードライバーを飲み干してその場にあったゴミ箱にプラスチックを捨てる。
出来るだけ前の方へ行こうと試みる。案外端だが入れた。
ついにかと、しかし実際ファンではないので、楽しみではあるが、ここに来ているやつらよりかは冷めているかもしれないな自分、揉まれるのも嫌だなぁ、とか頭のどこかで考えていた。やっぱ位置はここベストかな。
ざっと見てみれば年齢層、様々だがなるほど男女比は半々だ。
そーゆーバンドはわりとコアだ。やはり当たったかもしれない、今回。
しかしなんだか、ファンが強そうだなぁ。ちょっと宗教観念が。それはなんとなく見て取れる。だとすると俺ちょっと大丈夫かなぁ。ついていけるかな。あんま若くないんだけど。
そんなことを考えてたら試し弾きが聞こえてきた。それがまたさっきとは違う。ただのストロークですら、最早やる気や覇気みたいなものが感じられない。何故だろう。
というかどちらかの、まぁ恐らくサイドギターが明らかに曲を弾いてしまってるしもうバレてるよ。一曲目バレてるよ。多分静かなやつ。
そして然り気無く、一拍間を置いた。
まだ客席は静まらないうちに、静かな、さっきのサイドギターとは別のリフがスタートして、長めに同じリフを弾き続け、客席が沈んだので、漸く、いつの間に始まっていたのかと理解した。
なんというパフォーマンス。
徐々にベースとドラム、サイドギターが入り、幕も上がる。青いライト。先ほどまでの本番前のあれとはまるで表情が違う。パフォーマー。一点だけを見つめる彼の目は美しかった。
息を吸うそれすら、作品だった。
唄い始めた彼の気迫は最早凶器。冴え渡るギター。客は地蔵のように立ち尽くして息を呑んで見入るばかりだった。しかし、何を言っているかわからない。
「さんじゅっくどさん、せかいたぶんまわってんのー」
鼻血出そう。この前動画で見た感覚と違う。
「そらぁおっこっちゃーう
そらぁおっこっちゃーう
そらぁおっこっちゃぁぁぁうぅぅぅぅ!」
いやぁぁぁぁ!
怖い怖い怖い!
激しく鳥肌。
シャウトちゃうねんそれ断末魔やねんどっからその声そんな顔して出してんのあんたはぁぁ!
「おっこっちめぇぇよぉぉ!」
しかしすげぇエキセントリック!
目ぇかっ開いて瞳孔開ききっちゃうあたりとか、不安定なギターコードとか。
けどたまに優しい声出しちゃったりするあたりもうなに?
気が付けば俺は最早歳甲斐もなくすげぇ突進、もう前の方で揉みくちゃになって大変なことになってしまっていた。
「あんたぁ、そう、言ったぁ
ゴムしねぇとか死んじめえ!でも愛とかんなもん縛って棄てちゃう?はいはいはい黙ってヤってろアーパーアバズるぇぇぇ!」
後半になって聴き取れてきた。
恥ずかしくなってくるような歌詞だったり、
「だから寝れねぇ!hello Where!早くせんせーお薬くださぁい!」
なんかどうしたらいいの?だったり、
「あぁもうどうして こんなに真っ黒
hell here,anywhere」
どーしょもない唄をシャウト(断末魔)の激しい歌の後に切な気に唄ったり。
そして。
5曲くらいやってから瓶を飲む音が新鮮だった。スミノフアイス。大体そこは水であるべきだろう。
何か喋るかと期待をすればまた弾き始め、唄い始め、それがまた激しくてなぜか優しい曲。
「狂わせて 頼むから 今日だけは ヘロインと愛で」
あ、なるほど。
今までの歌詞、英語かと思ってたのもしかしてヘロインと愛なの?だとしたら舌足らずは損だな。
あぁそう言えばホモ野郎からファンレター増えたって。なるほど。あんたのその顔でそれじゃはっきり言ってエキセントリックすぎる。来ちゃうよファンレター。俺でも多分送っちゃう。だってどう間違っても誘ってるもんそれ。
「あいへまいらー」
笑っちゃう。
英語センスゼロ。ファック。
へろーいんとぅーあいですわ。襲うぞお嬢さん。
だがギターセンスチビる。やべぇなチューニング。なんだその3曲くらいぶち込んじまったような変調。やべぇな。考えたヤツ連れて来い、崇拝して神殿立ててやる。へろーいんとぅーあい。
何よりこいつの声。ショタ声ながら妙な掠れと焼け具合。だけど甘さが残るこれは中毒性がある。歌も下手じゃない。下手ならこのコードと音感、作れない。
ふわふわした野郎だ、こいつの音楽センスとポジション。
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