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 もたもたしていたら次のバンドが来てしまい(通常運行)、「またお宅らかよ」と言ったそいつらはサキソホン。

「あ、たかちんじゃん!」

 ハゲが嬉しそうに言うまで正直わからなかった。
 だって前髪で顔見えないんだもん。
 「あ、どうもどうも」と片手を上げてハイタッチされそうになったけど困惑してしまった。ちなみにその他のメンバーの顔とか見る余裕なし。だって俺、対人無理だし。

「あー、ごめんね。うちのリーダー硬直系男子なん。それと前回ギターぶっ壊したらしいねすまんね」
「あ、いいんですよー。おかげでテレキャスですよー」

 すみません。
 しかし声が出ません。

「ごめんね、俺ら行くわ、また機会があったら。あ、山Dあれからだいじょーぶ?」

 山D!
 うわぁぁ最近の思い出したくないやつ。なんでその単語だしたのクソハゲ。

「あはい。天崎さんのメアド聞かれました」
「うぎゃぁぁぁ!」

 発狂して座り込む以外出来なかった。
 だって怖い。あいつヤバいよ。

「あごめんね、こいつ君が思ってる以上にキチガイなんだ。
 おら真樹、はい、帰るよ邪魔だよ」
「うぅぅ、あい、あいぃ…」

 下向いてたら身体が宙に浮いて暖かくなった。

 これはいつも通りおんぶされましたね。ギター誰が持ってくれたんだろ。

 遠くで「じゃ、」とか「すみません…」とか聞こえるけどもういいや。

 がさごそと、多分文杜が俺の身体をまさぐるように財布を探している。そうだ会計。スタジオ代。

「じゅぼん」

 それだけ言うと、一度頭を撫でられたから安心した。ズボンのポケットからスルッと、財布が抜かれたのがわかる。

 あぁぁぁ。俺ってなんてセンスがないの。

「文杜ー、頼んだ外出てる」
「わかったよー。真樹をよろしくー」

 エレベーターに乗る前、流石に一度振り向いて「文杜!」と呼んでみた。ハゲが「うわぁぁ、ビビるわバカ!」とか喚いたが。

「んー?」

 ただ、なにを言おうかちょっと考えてなくて。

 ふと、珍しく開いた(いやいつも開いてるんだけど)文杜の眼が、少しなんというか、俺を慈悲深げに見据えていて。たまにある文杜のこんな、哀愁みたいな優しい眼。これはなんとなく、心が殺されそうで、より言葉を失ってしまう。

「あっ、」
「真樹、だいじょーぶ」
「うっ、」

 エレベーターが来てしまう。そのまま乗ったけど見た彼は普通に会計していた。

「…お前ってわりと罪深いやつだよな」
「はへ?」
「うん、俺もそう思うよあまちゃん」
「なに?」

 わりとクズなのは知ってるけど今日はお金出したよ?

「俺悪いことしたね」
「いや悪くはないんだよね」
「そうそう。残酷なだけ」

 なにそれ。

「詩的やん」
「は?」
「黙れし」
「えなにそれ」
「てかもう大丈夫なら降りろよお前」

 ハゲのコートのフードみたいな変なピラピラに手を突っ込んで手を暖めていたら「やっ、ちょ、くすぐったいでしょバカちんが!」と強制的に降ろされた。酷い。
 げんちゃんそれ見てウケてるちょっと殴りたい。

「なんだよ!多分スバルくんなら許してくれるよ!」
「あの人はね。多分変な人じゃん」

 それは否めない。

「お前のせいで手が寒い」
「殺すぞ童顔」
「お前らのせいで明日俺ライブ行かない」
「それを聞いたからには俺が|昴《すばる》くんから今日中に住所を聞いておかないといけないねあまちゃん」

 なんなのこの妙な繋がり。

「じゃ、家来る?いまから」


 外に出て、後ろから声が掛かって。
 ぱっと見たときに何かが投げられたので思わず反射神経でキャッチしてしまった。見たらジーマ。

 あぶねぇぇ!外したら死ぬわバカ野郎!誰だこんなキチガイ野郎と思えば。

「まだいたの|太田《おおた》ぁ」

 呆れたげんちゃんが言った。
 エッレの太田だった。

「知ってんだろ、俺わりとしつけーんだよ。お前口説いた時も結局家まで押し掛けただろ|奥田《おくだ》」
「はぁ、そうだっけか」

 キャッチしたことだし取り敢えず開けて飲んだ。ちゃんとジーマだ。

「げんちゃん」

 俺がげんちゃんの、硬いなんかフェルト凝縮させたみたいな生地の黒いコートを引っ張って見上げると、「んん?」とめんどくさそーに横目で睨むように見下げてきた。

 こうやって見るとお前ってなんかフランス顔だよね鼻高いしね。

「めんどくさいなぁ」
「同意。帰ろ」
「ん」

 ジーマを煽ってその場に置いて太田の方に蹴り返した。文杜もそろそろ来るだろう。

「じゃね!」

 片手を上げてファンサービスよろしくニコニコで言ってやれば、しかし相手もどうやらわりとイラっとしたらしい。

 転がった空き瓶をじろっと見てから鼻で笑い、歩み寄ってきたかと思えば。
 「あんたホントお利口じゃないけど可愛いねぇ」とか言われて。
 思わずこっちも、「あ?」と少し戦闘体制に入ってしまい。

「んなんだから緩いんじゃないの?引きこもりみたいな音楽しか出来ねぇんじゃない?」
「まぁ引きこもりですからねぇ、で?だからなんだよにニセモンのカナディアンいんぐりっしゅ?
 ごめんよ、俺は日本人の引きこもりなんでね。セックス・ピストルズは何言ってっかわかんねぇけど|清志郎《きよしろう》は崇めるね!」

 そう俺が言えば、なんとなく場が静まった。明らかに太田があんぐりと口を開けて唖然としている。

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