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見た目に似合わずサイトウは、軽々しくひょいっと舞台に飛び乗って|昴《すばる》に手を差し伸べた。
登ってみて上手側からすぐ、「|真樹《まき》ちゃん、やー!」と、幼児、女の子の楽しげな声がして、
「うりゃー!」と、真樹がステージまで駆けて来た。3歳くらいの女の子を背負って。
はっと二人と目が合えば、「あっ」と、真樹は立ち止まる。
昴が見たところこの、薄いピンクのワンピースを着た柔らかい茶髪の女児は、多分だが、見たがことある。
昨日ケータイで散々ナトリに見せられたナトリの娘、|由亜《ゆあ》ちゃんじゃないか?
「あっ!スバルくん!とサイトウ氏!」
「やぁあまちゃん。わー、ゆあちゃんじゃん、おっきくなったねぇ、いくつー?」
柔和に微笑むサイトウに、やはりと昴は確信。
|国木田《くにきだ》娘、由亜ちゃん、大男サイトウと眼鏡昴に硬直して笑顔まで消え失せた。
人見知りか。そうか。
「ゆあ、大丈夫だよ、この人。デカくて熊みたいだけど襲ってこないから死んだフリしなくていーよ。
あっちの眼鏡はスバルくんだよ。変態っぽいけど優しいよ、ゆあ」
「なっ、」
「ふっ、」
なんちゅーことを。
「真樹ちゃん、ホント?」
「ホントホント。俺ゆあには嘘吐かないよ。
ほら、かわいーゆあちゃん自己紹介!はい、」
「く…くにきだゆあでっ…しゅ」
「はい、よくできました〜、お友達増えたねーゆあ。
サイトウ氏とスバル君どうしたの?来てくれてありがと」
なんだかサイトウと昴にには素っ気なく返す真樹。すると後ろから、
「あっ、いたてめぇ幼児誘拐野郎!由亜を返せ真樹ぃ!」
と国木田パパが走ってきて。
「やめなよなっちゃん、由亜が真樹ちゃんに会いたいってねぇ、聞いてくださいよ!」
舞台袖で超絶美人なロン毛ストレートの、国木田娘、由亜とお揃いのワンピースを着た女性が立って見守っていて。
「ははー、親バカ炸裂だねナトリ」
と、ひょっこり現れ嫁に笑いかける切れ長奥二重の|文杜《ふみと》。それから頭を下げつつ現れた|弦次《げんじ》。
後ろでゆったり談笑する嫁と文杜と弦次。「こるぁ、真樹!」と躍起になる国木田と逃げ回る真樹、「きゃっきゃ」と楽しむ由亜。
「はっはっは、楽しそー!僕もまぜてよー!」
「ええっ、サイトウさん…」
「あっ、」
「サイトウさん!?
あ、すんませんなんか。毎度どうもですぅ」
急にピタッとナトリ、動きをやめ、サイトウを見る。
「いやいや。まぁまぁよかったよ。|陽介《ようすけ》が君らに会いたいってさ。まぁ少ししたら来るよ」
「え、あの人大丈夫?」
「うん。女の子持ち帰る勢いで大丈夫」
「ちょっとぉ!娘いるんだからやめてくれません!?」
「え、つかあの人そーなの?」
「昴くん甘いなぁ、あいつセクシャルヤバイ人だからね実は」
「ねぇちょっとサイトウ氏からもちゃんと言ってよ!マジあいつなんなん!?ちょっと困るんだけど!」
「なんでぇ?」
「当たり前じゃん!廻り廻って俺んとこに来るとなんかこう…穴兄だ」
「真樹、殺すぞマジで。娘上にいるんだけどてめぇ返せマジで!」
「ゆあ、ダメだよあんな口が悪いパパのとこ行っちゃ!」
「パパ真樹ちゃんをいじめないでよバカぁぁ!」
「えぇぇ!違う、違うよ由亜ぁぁ!パパ人のこと苛めないでしょうが!」
漫才かよ。
置いてきぼり感の昴は素直に思う。
だがまぁ。
楽しいっちゃぁ、楽しい。
「仕方ないなぁ…」
真樹はそう言って由亜を降ろし、しゃがんで頭をなでなでした。
「パパうるさいからママのとこ行ってきな由亜。また後でね」
由亜は「わかった!」と無邪気に真樹に言い、美人ママの元へ駆けて行く。サイトウは美人ママに、漸く頭を下げた。
「サイトウ氏、そんで…」
「あぁ、うん。まぁ用事は後でいいや。うん、いまはよかったよって。
ほら、昴くんもさ、突っ伏してびっしゃびしゃだったんだからさっきまで」
「えっ」
「嘘ぅ」
ナトリ、真樹、両名漸く昴を見つめる。ナトリはそれから「はぁぁ、」と、感心したような声を漏らした。
「昴くん、来てくれてありがと。そっか。でもなんかよかったな、真樹」
「…ん、まぁ」
「わりと俺らも、え?なんかいいんじゃね?ってテンション上がっちゃってさ。正直今回お客さんはさ、どっちに捉えたかなぁ、とか。
ほら、ドラムって多分だけど一番位置的によく見えるから、ウチボーカルちっさいし。サイトウさん直々にお出ましとか、マジで、なぁ、真樹」
「そだね〜、サイトウ氏苛めのエキスパートだからねぇ」
「そうだね。まさかんなビビってる奴らがチバ氏ぶちこんできたと思うと…僕はこれはどう捉えるべき?もっと苛めてパターン?それは陽介にAV借りるのをオススメ」
「おいサイトウ氏、国木田娘がいなくなったからって調子こいたな。
ねね、よーちゃんいつ来るの?」
「あぁ…。昴くんのお友達を送ったら。ちゃんと来るよ。
さて昴くん、君も少しゆっくりしてこうか。せっかく来たんだし。あまちゃんの飼い主だし」
「あぁ、それ…」
「サイトウ氏!」
遮るように真樹が明るく言った。
「どーせなら、みんなで写真撮って!げんちゃん記念に!」
「…らしくないねぇ」
それには無言で、真樹は一人、舞台袖に向かう。
「…どしちゃったのあの子」
「…多分…。
ほら、俺、今日までだったんです。飼い主。まぁ、鍵はあいつ、持ってるけどね」
「え?」
「じゃぁ、真樹…今日から…。
なんも言ってこねぇけどあいつ、どうすんだ?」
「…あまちゃん…」
なんとなく。
嫌な予感がする。
「…僕、たまたま来ちゃって正解だったかもね」
「…どうかな」
なんとなく、サイトウとナトリが複雑そうだ。
互いにどうやら違う複雑さを持っているのを、昴は感じ取った。
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