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 どこまで踏み行って良いのかは、誰も何もわからないまま、恐らくここまでは来ていて。

 人はそれがきっと、許容である。人一人の全てを知る他者は誰一人として存在するわけがない。
 それが色濃く絡み合うとこうも、反応し合うと知った、27歳。

 だが、まだ、知れていないような、そんな気がして。

 それから何事もないように、真樹の提案通り、柄にもなく写真を撮った。

 真ん中に弦次、右隣に真樹と真樹に抱かれた由亜、その後ろにナトリ夫婦、左には文杜と、何故か昴。撮影者はサイトウだった。
 みんな笑っていた。

「良い笑顔だねぇ」

 ケータイやら、デジカメやら、何やらで撮った。

 デジカメはサイトウので、サイトウは、「後でみんなに送るから」と言った。
 ケータイを見た真樹は嬉しそうに、「スバルくん見てよ」と言って。

「家族ってきっと、こんなんだよねぇ」

 染々と嬉しそうに。

 そうかと、昴は思った。
 みんな、そんな感じなのか、と。

 由亜が眠そうになり始め、国木田嫁と由亜は帰ってしまった。

「さあて、なかなか陽介来ないなぁ、打ち上げ行っちゃおうか、みんな」

 と、サイトウが言った時だった。

 楽屋にノックがあった。
 漸く来たかと真樹が、「はいはいっと」と、楽屋の扉を開けたとき。

「真樹」

 聞き覚えがある声が真樹の頭の上から降ってきて、硬直。

「なっ、」

 と、誰かが反応する前に、そのまま真樹はそれに抱擁されてしまった。

 頭をぐしゃぐしゃにされ、前髪を掴まれ、見上げた人物は。

 銀髪で、年齢のわりに若々しい。
 以前文杜に、「ヒアルロン酸社長」とあだ名をつけられた、青いカラコンの、まさしくなV系を極めたような見映えの長身。

「…つ、司っ、」

 |新柴《あらしば》|司《つかさ》だった。

 わかった瞬間に真樹は拒否反応から、思わず右手でぶん殴ろうとするもそれも取られ、身体ごと引き寄せられる。

「てめぇ、」

 立ち上がったのは文杜だったが、「待て文杜っ、」とナトリが引っ張り座らせるうちに、

「なんですか新柴社長」

 とても低い声で。
 サイトウが言い、立ち上がって文杜の肩を優しく叩いて怒気を抜いてから新柴に対峙した。
 ハッとして真樹は、「ちょっ、」新柴を押しやろうとするも力は足らない。

「どうもサイトウ社長。
 ウチのを引き取りに参りました。先日はウチの秘書が大変ご不便をかけたようで?」
「…話はそれで納得致しましたが、なんですか今更」
「ですから、ウチの秘書がご不便をと。問い詰めたところコレとどうやら関わりがあったようで。まぁ今はもうあの秘書は解雇しました。
 ですから、お宅との話はまだ済んでいないと思いましてねぇ、コレにも聞かねばならぬことは山程ありますので引き取りに参りました。
 真樹、そんなわけだから一度家に帰るぞ。大体家なんてないだろお前」
「…嫌だ」
「聞き分けのない子だなぁ、え?真樹」

 右の、シャツを捲り、傷の付いた素肌に触れる。それに真樹は「や、」と、必死でその手を払おうとする。

 昴はそれに、あの写真を思い出し、「あっ、」となったがそれと被るように「やめろよてめえっ、」と再びテーブルを叩いて立ち上がったのは文杜だった。

「文杜さん、」
「てめえわかってんのかおい、コラ、」
「待て文杜、落ち着けよバカ…、」

 文杜がテーブルを叩いた手を握るナトリの拳が震えている。
 それを奇妙そうに見る弦次。確かに、一人事情を知らない。

「俺だって耐えてんだよ狂犬、」

 そんな後ろの事情に。

「…返してください。あまちゃん、いいからこっちに来い」
「無粋だなぁ、サイトウヨシミ。いや…。
 |金上《かながみ》|嘉実《よしみ》」
「…はっ、」

 動揺した。

「悪いが今回あんたのことも調べたんだ。社長職って便利でな。しかも、こんな微妙な社長職、凄く便利でなぁ。わりとそーゆーの調べてくれる人、いるんだよ金で。
 妻も子供も亡くしてるなんてね、可哀想に」

 嘲笑うかのように新柴が言う一言にサイトウが驚きの表情を見せ、息を呑んだ。
 それを見た真樹が思わず、「え、」と驚愕する。

「…サイトウさん?」
「…まぁ、君らは知らない話かもね。君らあん時、忙しかったから。
 上京する頃、だよ。陽介が入院してね。僕の妻と子供は、そう…。
 元々妻には重い持病があった。承知で結婚して、バカみたいに、夢を観たんだ」
「サイトウさん、なんで」

 なんで今まで長い間、言ってくれなかったのか。
 確かに、サイトウの妻や娘に会ったことはなかった。それに違和感もあった。だけど、あんなに嬉しそうに。

「どうして、サイトウさん…、」
「君らに特に必要な話なんかじゃないでしょ」
「でも、違うじゃんそれ、
俺らあんたと夢観たかったんじゃないの?」

 ナトリがサイトウに言うが、

「話は終わりじゃないよ」

 遮る新柴は嘲笑うように。

「あんた、組頭殺して組抜けして頭の愛人を寝取った男の息子なんだな。ま、世間じゃ死んだことになってるがな」

 しかし。
 驚いていたのはサイトウだった。

「そうなの?」

 そのあまりのサイトウの間抜け面に。
 却ってまわりが不安になる程だった。

「はぁ?」
「え、僕って何?
 そんなクソ野郎の、血ぃ引いてた…の?」

 あまりに純粋にサイトウが言うもんだから。

 思わず新柴の拘束の手が緩まり、真樹はサイトウの元へ振り返り行こうとするも、我に返った新柴にまた手を取られる。

「痛っ、」

 あまりにサイトウがぽかんとしていて。
 これはマズイと真樹の、サイトウと同類である自分の本能が告げた。

「司、ごめんなさい、ホント、わかった、勘弁して。なんでもする、わかった、帰るから離して、サイトウさん、ねぇ、サイトウさん!」
「あまちゃん、なにそれ」
「は?」
「『なんでもするから』って、お前、俺のために何しようってんだよ」
「違う、違うってサイトウさん、」
「何が違うって言うんだよ、おい!」

 ずかずか歩いてきて。
 今度は違う腕をサイトウに引っ張られ、「痛い、」と真樹が言う間に。

 新柴がぶっ倒れた。

 殴った、と言うより新柴を蹴っ飛ばしたらしいサイトウも力なくその場にへたりこんでしまって。

 どちらも拘束は解かれたが、

「サイトウさ」
「うるせぇよこの野郎っ!」

 サイトウは頭を抱え込んでしまって。

「サイトウさん、ねえ、ちょっ」

 しかし後ろから。
 足首を新柴に掴まれ、ずっこける。

「真樹ぃ!」

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