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疲れちゃったなぁ。
目を閉じて考える。
漸く一人、人でなしに到達したと真樹は快楽に似た寂しさを感じた。
文杜が目を開ければ真樹の横顔が側にあって。
握った左手のすぐ近くに、空になった薬の瓶と開けられた蓋が目に入り、思わず身体を起こせば。
重く閉じられた瞳の真樹と、右側には注射器が無機質にぶん投げられていた。
あのまま横に転がった体制で安眠こいていた隙に、真樹はどうやら一人境地へ、到達してしまう。
「真樹、」
声は震える。
羽織っていたモッズスーツの袖が非現実的に目について。
しかしどうにも穏やかな表情、微笑んでいるかのようなそれに見入ることはない。
どうしてこんなに美しいと言うのに、フラッシュバックがあの、
カッターナイフで父親に傷つけられた幼い君なんだろうかと涙が出て来て。
「真樹、真樹ぃ!」
呼吸はあるがしかし浅い。
ああそうかお互い。
願い事なんて叶えてやれなかったんだと、相容れなかった、それほど、最期に本当に人でなしだと。
俺はなんで君の最期の願いすら、せめてそれすら聞きもしなかった、君から引き出せやしなかった。
言えもしなかった、最後までずっと、どこかで溜め込んだ生命の渇望すらと、
真樹を抱き締め、あるかわからない自分のケータイをスーツから探し当て。
皮肉にも電話しまくって。出たのは「おはよう…」と、低すぎる声、予想外の声に、
でも。
「た、助けて、あの、」
『栗村氏…?』
「頼むから助けて、誰でもいいからぁ!」
悲痛だった。
多分間に合わないかも。
ナトリに掛けようか。
電話を切って、脱力した。
疲れたなあ。
疲れたかぁ。
朝日を見ながら文杜はそれだけ思った。
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