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 激しすぎるバイクの音で一之江は目覚めた。
 それから、鍵を開けておいたせいか、がらがらと音がしてやはり、来やがったな野郎共と、寝惚けた頭で思えば。

「ぬぁっ…!」

 一之江の目の前ですやすや眠る天崎真樹の彼氏みたいなやつである栗村文杜が、結構不躾に入ってきては、自分達の姿を見て露骨に驚愕と不快とその他が入り交じった感情で顔をピクピクさせた。

 学校にいるときと違って彼は黒の革ジャンにタイトなスキニージーンズ、少し長い前髪はいつもと違って輪ゴムで結っておらず、自然体に鋭い目付きを少し隠している。

 こうして見た方が男前なんじゃないの?とか無駄なことを一之江が考えていると、後ろから、「悪ぃなたかちん、」と、茶髪の長身、日本人離れのような、スタイリッシュなイケメン台湾ハーフ、国木田ナトリが窓の外にいる単車に乗った白ランに手を振って入ってきた。

 今時いるのか白ラン。稀少種だ。そんなことをぼんやり思うと、ナトリもまた、「えっ、なにそれ」と、一之江と真樹を見て驚愕した。

 無理もない。

 構図が、保健室のベッドで保険医が生徒を抱き締めて、というか抱えて二人寝転がっているのだから。

 しかも手当てしたりとか、安心させるためとかで、一之江は真樹の包帯を巻いた手を握ってやったりしてるし。
 さっきあった、真樹の首絞め事件やらなんやらでちょっと真樹のシャツのボタンが開き気味だったりするし。

 いくら同性とはいえこいつちょっと女っぽいしなんかあらぬ誤解を絶対に呼んでいるに違いない。
 というか毎回どうしてこういったタイミングでこの二人現れるんだ、昨日といい今日といい。

「Vテン、何した」
「そのあだ名やめねぇ?呼吸確保だよ」
「マウストゥマウス的なあれか、お前喧嘩売ってんのか」
「違うわ、お前いくらなんでもちょっとズレてねぇ?」
「確かに文杜はズレてる、が、あんたも相当気が狂ってやがる」
「いやわかってるけどまだ手ぇ出してねぇよ」
「まだ?はぁ?まだ?」
「うん」

 めんどくさい。

「てかお前ら暴走族で来んなよバカ」
「別に良いだろ。いや真樹をね」
「住む気になった?まだ返せねぇよ、悪いけど」

 仕方なく起き上がり、一之江が二人の元へ行こうとしたとき。

 不意に腕を横で引っ張られた。
 何事かと真樹を見た瞬間、一之江は真樹に、首の裏に両腕を回すように抱きつかれる。

「は?」

 流石に一之江ですら「は?」が出てしまった。
 だって見えなくなってしまったが絶対に文杜もナトリも唖然としているはずだ。

 だが誤解は解ける。「はぁ、あっ、」と、やはり過呼吸気味だ。

「あー、はい。
 はい吸って、吐いて。繰り返して」

 背中を撫でながら言ってやれば、今度はあっさり治り、真樹は一之江にくたっと凭れ掛かった。

「どうした今度は」
「夢…」
「あそう。けど夢だから。
 な?お前らには無理だろこれ」
「あ」

 一之江が二人に振り返ったその視界から真樹も気付いたらしい。
 急に一之江を突き飛ばし、「文杜!ナトリ!」と、元気にはしゃぎやがったもんだから。

「真樹〜!」
「真樹、大丈夫か?変態に犯されてねぇか?」

 とか言って野郎二人が近寄ってきて真樹にベタベタ。

 あぁ、案外大丈夫かもな、これ。

「ん、今んとこ」
「あーよかったまだだね」
「まぁなんかしたらお前オカモト先生殺すだろ」

 失礼なガキだ。
 まぁなにがあるかわからんがな。へ、クソガキ。

「ちょっと、思い出しちゃって。あの…」

 真樹が言いにくそうに言うのを二人は、「あぁ、」と、急に深刻な雰囲気で俯いた。

「…ごめん、俺しばらく、やっぱ、よーちゃんといる。
 よーちゃん、」
「なんだ」
「あの…。
 コントロール、ちょっと弱い。ダメだ。思い出しちゃって」

 コントロール?なんだそれ。
 あぁ。

「…コントールなコントール。まだ代えたばかりだから。
 何を思い出すんだ真樹。それは話したらいけないのか」
「黒いビニール被されてめちゃくちゃに犯される夢を見る」
「…は、」
「真樹、」
「大丈夫だ。
 あんな野郎もう真樹の前には現れないから。真樹、だから」

 そう怒気を堪えた、しかしどうにか笑顔で言う文杜と、二人を壮絶に、心配な表情で見るナトリになんとなく、一之江は壁を感じた。

 こいつらわかってない。わかり合えていない。

「文杜、怖い」
「…真樹?」
「暴力は、なにも産まない。
 大丈夫なんだ俺は。大丈夫、白い壁も怖く…ない。もう失うものなんてないから」
「違うよ真樹」

 真樹は一度目を閉じる。そして次に文杜を見て微笑み、「うぜぇんだよ、じゃぁ殺してくれ」と言い放った。

 その一言に、文杜は真樹から一瞬何を言われたかわからなかったようだ。

 言葉が脳に浸透した頃、「ごめん、」と俯き、文杜は踵を返して保健室を出て行ってしまった。

「真樹!」

 それにナトリが怒鳴るが、次に真樹を見れば、まるで文杜の背を目に焼き付けるようにじっと硬直状態で見つめながら、静かに涙を流していた。

 あぁ、お前ってそーゆーやつなのか。
 なんでそんなことしか、言えないんだ。

「真樹…」
「追って。ナトリ」
「は?」
「文杜は優しいから。追って」
「…お前さぁ」
「ほっといて。喋りたくない。死ぬよ?」
「…クソったれ」

 そう言い捨て、ナトリも文杜を追うように保健室を去って行った。バイクの音が去るまで、真樹はずっと硬直していた。

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