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 面倒なことになった。

 文杜はあれから流すように夜の街をひたすら走っていて。

「ありゃぁ先輩、ヤケっすね」

 と、たかちんこと高橋信也《たかはししんや》が漏らす。
 気の毒なことに彼は本来、送り迎えで済むはずだったのだが、こうして付き合うことになってしまったのである。

「悪いなたかちん。てか、帰るか…?」
「いえ、まぁ、暇なんで…。
 てか、先輩があんなんで後輩としてはなんてーか、置いてく方が気分悪ぃ」
「でも多分あいつ、ちょっと厄介だぞ」
「だからですよ。あの人が厄介なときほっとくとろくなことねぇんだから」

 まぁ確かに。
 意味わかんねぇ娼婦をお持ち帰りするくらいならいい。突然他校のよくわからんヤクザだかなんかの息子と一晩過ごして手込めにしてしまったり。

 喧嘩して路上に転がっていた日には救いようがない。意外とまともに見えてこいつはまともではないのを後処理してきたのはチーム“SABRINA《サブリナ》”の後輩たちだ。

 文杜が属している族は20人ほどいて、いまや2分裂していて解散の危機に陥りつつある。結構悲惨らしが文杜は語らないし、語られたとしても皆目ナトリにはわからない。
 まぁリーダーが二人いて、文杜は片方の勢力の副長くらいな地位にいるらしい。なんせ、喧嘩が強い。

 片方のチームはどうやらほぼ潰したらしいが、チーム“SABRINA”の正式なリーダーはそちらにいるようだ。

 チームの尊厳やら伝統やら格式やら、何より文杜に、“暴走族”というものの興味はもうなかった、そのため解散に近い状態なのだそうだ。

 文杜のなかでの優先順位はいまや、バンドに傾きつつある。
 まぁ確かに、昔からよく喧嘩帰りに言ったものだ。『なんのために俺こんなクソつまんねぇことしてんだろ』と。

「くだらねぇならやめちゃえば?」

 軽く、本当に軽く真樹が、中学校の屋上で言った日の夕方をナトリは覚えている。
 あのときの文杜の戸惑いやら、なにやら。

「人痛めつけんのくだらねぇ、そりゃ事実だ。んな白点病の金魚みてぇな顔して言うならやめちまえよ、クソくだらねぇな」

 それにどうやら、文杜は衝撃を受けたようだ。

 それからすぐにバンドを組んだ。中学二年のあのノリ。確かにあった。『新しいことを何かしてみよう』と。間延びせず、中弛まず。しかし全然上達せずいまに至る。

 けれどもまぁ、楽しいとナトリは思っている。

 ナトリはナトリで、文杜とつるんでいるせいか、こうして文杜のチームメイトとも付き合いがある。皆確かに良い奴だ。結託やらなにやらも伺えて、なにか困ったやつがいたら助ける精神、これは日本人にしては外交的な精神に近いものだなぁと感じる。

 文杜の友人はだから、大切にしてやりたいし、たかちん始め、後輩たちも文杜の現在の仲間であるナトリや真樹をまぁ間接的にでも想いたいのだ。

 だが今日はどうやら。
 その仲間割れをしたらしい。
 たかちんですらわかる皹《ひび》割れ。

「嫌なことばかり思い出すなぁ…、あの人やっぱ、ヘタクソだから」
「…いや、まぁそうだけどさ」

 今回は。

「今回は…そう、あいつも悪いんだ」
「あんた、こっち来ちゃって良いんですか?」
「向こうに言われた。文杜は優しいから行けって」
「…そんなこと言う人は、チームにはいなかった」

 だろう。
 だから文杜は平気で路上でぶっ倒れていられたんだ。一人で喧嘩して|脳震盪《のうしんとう》で朝まで。誰が迎えに行ったか、あれは真樹と俺だったんだよたかちん。

「変な人。だったら最初からなんでつっぱねたんだか」
「違いねぇな。まぁそれが」
「そんなにいいもんかねぇ、“真樹ちゃん”」
「あ?」

 なのにそんなことを言いやがるから。
少し、イラついた。

「いや、あんまなんか。
 あの人がこうして高校入って、ギターやって、“真樹ちゃん”に夢中な理由が俺には」
「だろうな、」

 お前らそうやって。
 お前らみたく文杜頼みで喧嘩してたような輩には多分わからんのかもな。

「文杜いま夢中なんだよ」

 だがまぁわかる。たかちんはたかちんなりに文杜が心配なんだろうな。
 ただ、いつでも文杜はこうして、感傷的になるほど夢中だ。捨て身なのかもしれない。だが人は、それほど案外感傷的になってくれるものじゃないから。だから、文杜には真樹が新鮮なんだろう。

 俺だって、そうなんだ。

 多分、中途半端で時代遅れな単車乗りのお前なんかにはわからないよたかちん。

「たかちん。
 お前ってなんでいまだに文杜慕ってんの?」
「え?」

 きっとでも。
 文杜はそんなやつでも惹き付けるのは事実ではある。

 車通りもない夜の路地。アテが本当にない。どこに行く気なのか。しかしいい加減春先だろうが寒い。緩やかな道路の、ほどよいタイヤとコンクリートの関係が気持ちいい。

 しかしたかちんの後ろに乗っているナトリの身としてはいい加減飽きてきたし疲れてきた。だってこれはいくらでも見慣れた街だから。

 何故野郎の後ろに小一時間座って虫とか払いながら過ごさねばならない。何よりイライラする。確かに夜景は綺麗かもしれないけど台湾の方が華やかなんだそれは!

 ただ少しだけ台湾に似てるのは、屋台だ。これだけは少し、ナトリが好きな風景。

「おい文杜!飯!帰りたい!」

 前方を走る文杜に、ヘルメットを開け、ナトリはバイクの後ろについていた両手に力を込めて叫んだ。しかし文杜は総無視だ。

 あぁ、そう。そっちその気っすかこのクソが。

「たかちん、鳴らして」
「は?」
「鳴らさないと落とす」
「なにそれ。はい」

 たかちんに命じてクラクションを鳴らすと、文杜が前方でクラクションを鳴らし、片手を振った。

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