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ミッシェルが鳴り止まない。
ミッシェルと言うか自分のなかではベースでなくて、そうアベさんのあの人を斬り裂くようなギターコードと。
俺達に明日がないってこと
はじめからそんなのわかってたよ
必ずこんな時、チバさんのこのフレーズが出てくるのが嫌なんだ。
俺的にはあんたにはそう、んな解散前の哀愁を込めたアレ、頭ん中で自動再生されたくないんだけど。
今日くらいは、うるせぇんだよ真樹もナトリも。素直に、なりたいから。
総長の横っ面だけが見えた気がして。
そうあんたなんて昔から嫌いだったんだって、思いますからさぁ。
「えるぇ、とぅりーっく、さぁっかす、燃えあがーる空、」
文杜のまわりには、総長と副総長しか最早立てる奴がいなかった。怪我は浅かったとしても文杜の狂気に皆負けたのだ。
そうか文杜は。
「ふ、ふみ、」
声を掛けようとしてナトリが真樹を制した。
ナトリを見上げればただ、文杜を見て閉口していて。
「ナトリ…?」
初めてかもしれない。
ただ一筋だけ涙を流して状況を眺めていた。そして聞こえたような気がした、小さな、歌声のような震えた続きが。
澄みきった色の その先に散る
押し倒すように総長に跨がる文杜は、胸ぐらつかんで空を仰いだ。
何を話すでもない、でもきっと、何かを言おうとしているのか。
「…ぉうしたよ、文杜ぉ、殴れや、早くぅ。頭はてめぇに、」
「なぁ、やめようぜ。解散しねぇかバカ総長」
言い出したのは副総長、牛嶋だった。
「あぁ?なんだ、そ」
「それを言いにこいつぁここまで単身で乗り込んできたんだよ。バイクも捨ててな。なぁ、もういいだろ。
こいつが言うんだ、この優しい男が。もう無理なんだよ、総長。
第一見てみろこの様を。俺ぁ、こんなん望んであんたと突っ走ったんじゃねぇよ。ただ走りたかった、それだけだよ」
タバコをつける、革ジャンリーゼントの古風な副総長、牛嶋。
なるほど、だから文杜はこいつについたのかと、なんとなく二人は察した。
俺たちにはどうしたって文杜の空虚には、多分辿り着けないけど。
あいつずっと、あそこで一人だったんだ。
「文杜ー!」
今度こそ真樹は声を上げた。それから「おぇっ、」と|嘔吐《えづ》いた。声の出しすぎだ。
こちらを向いた文杜が挙動不審なような、目を丸くする驚いた表情で。
あぁ、あれ、知ってんだ、知ってんだ。だから。
フェンスを開けて駆ける真樹に、「おい!」と言うのは遅かった。だから走ってナトリも追いかけて。
その辺に転がってるやつをうまく避けながら突進するように走り、飛ぶように真樹が抱きついた。
反動で横に二人で倒れる。目の前の事情に総長は唖然としていた。
「あぁぁぁもうぅ!文杜!起きろ!」
自分を組敷いて頬を、しかも殴られたりして切れてる方をぶっ叩いて来た女顔のエキセントリックさに現実感が沸いた。
なんやこれは一体。
「え、あぁ、はい」
「早く帰って来いよクソ野郎!」
腹の上でぴょんぴょん律動。お前そういうのが本当になんかタラシてんだよ、てか痛ぇ、胃の中が、
「ごめ、あの、出る…」
「はぁ?」
「あの、い、胃液がうえっ、き、気持ち悪い…」
「あ、やめて、はい立って!」
真樹が退いてくれたと共に外れてるかもしれないことに今更気づいた右腕を引っ張られて思わず「いでぇぇぇ!」と文杜が叫ぶ。
驚いて真樹は急にその手を離してしまい、地面に再び腕が叩きつけられ、「うっ…っ」最早息を呑む痛さ。
折れてる?折れてない?
「え、なに、ダメなのぉ?」
ラリってる。こいつそうだ忘れてた。ネジ3本吹っ飛んでる系男子だよ。頭おかしいんだったよ。
「ね、ナトリー。死んだー。文杜死んだー」
「あぁそう。まぁオカモトせんせーの車、黒くて霊柩車っぽいしいーんじゃね?はい退けチビ」
言われれば素直に真樹は応じ、ナトリが文杜に見え。
身体が宙に浮いた。
そして体温を感じて。
「悪いけどぉ、チーム“|SABRINA《サブリナ》”ぁ!ウチの文杜きょーから“エレキレイン”のベースだから!ベースってギターなギター!4弦のやつ!よろしく!
あとそのうち救急車来っから逃げられるやつは逃げればぁ?じゃぁな!」
耳元でうるせぇなぁ、そう思いつつも「へへ…」と文杜は笑ってしまった。
牛嶋さんすら通りすがりで、「へへっ」と笑ってくれた。
「なぁ文杜」
引きずられながら耳元にナトリの声が聞こえた。横顔を見ればどうやら、初めて気付いたが涙の痕があった。
あらそうなの、ナトリ。
「なぁ…に?」
「なに食いたい?…俺、やっぱ、やっぱ…長浜ラーメンでもいいや」
「…あらそう…。君なら、八宝菜とかぁ、そんな、なんかさ、ヘルシーっぽいこと、なんか病院のメニューかよみたいなぁ、センスな、やつ、いーそーじゃない」
「…ホントはそっちだったんだけど」
「あははっ!っうぇ、なぁんだ、あそ、いいよ、どっちも、多分、食えねぇから」
ちらっと見て。
ニヤッとしたナトリの顔はやっぱ男前っすなぁとか少し思った。
君には屈託ない。ムカつくから頬の、涙の筋あたりにからかって薄くキスしたら。
「うごぶっ、」
腹パンされた。意識飛んだ。
それから「めんどくせぇ」と本気で面倒そうに文杜をおぶってよろけたナトリを見て、「なにしてん?」と真樹はツッコんだ。
「お前と違ってなんやねんこいつ重っ!野郎ってこんな重いのか、当たり前かこれ無理かも」
「でも気絶してるよ」
「オカモトせんせー!手伝ってー!うぉ、やべぇ、待って、一回止まろう、」
「てか俺呼んでくるってか目の前やろ」
「開けてきて真樹、後部座席!」
「えやだよトランクは?だって俺どこに座んの」
「トランクだと、ホントに、なんか死体感あるでしょ、が!それかぁ、俺の膝!」
「やだよ汚ぇ」
「むかっ、何が汚ぇんだよ!
じゃ膝枕しろこいつ」
「やだよ汚ぇ」
「いーから開けて来いバカ!早く!」
ちぇ、とか言いながら真樹は仕方なく後部座席を開け、手伝うでもなく先に乗り込みやがった。つくづく、真樹は嫌なやつである。
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