7
優しい音色、エレキと。
ベースが、そのエレキを引きずり出しているような、そんなメロディーに包まれた気がして。
鼻声のようなその声。
両手で塞ぐよ 誰にも触れられたくないような声を ような声を
Are you、
頭に置かれたその手の感触と、膝枕の筋張った柔らかさに文杜の意識は戻った。
目を開けると、真樹の空虚なように綺麗な瞳が微睡んでいて。
「…真樹?」
「あ、起きたぁ…」
ふにゃりと、にやっと笑ったその顔が、なるほど、常識の範囲で君は今でも充分異常、歌詞にぴったり。
けれどどうして、メロディーと一緒。どうして君って綺麗なんだろうかと、考えた。
わからない。抱き締めたい。せめてそう、髪の匂いを嗅いで、生きていたいと感じたい。
「たまにはいいだろ、こーゆーオルタナ」
「せんせーこんなの聴くんだね。なんか意外だわ。あんたあの歳食わないキレーなおっさんのバンド聴きそうじゃん」
あぁあの人ね。と、前は前で盛り上がっているようだ。
「ねぇ、真樹」
少しくらい、いいや。そう思って小声で文杜は呼んでみた。「なに?」と耳を傾けてくれたから。
思わず抱き締めて、髪の毛に鼻先をあててみた。驚いて硬直している。
しかし感極まって、左腕で指通りを確かめる文杜のその手が震えていることには気が付いた。
ふう、と息を吐いて硬直を解く。
「おかえり…」
左手をやんわりと離して微笑んで起き上がり、けど手を掴んだまま、また何事もなかったかのように前を向く真樹を見て。
よかった、多分少し位は。
君の空虚に近付けたんだと、生きていてよかったかもしれないと思えた。
だって、人を殴った俺の手を握っていてくれてるから。
「ただいまぁ」
「ん、」
「ごめんねぇ、真樹」
「うん」
「ありがとう」
「はい」
バックミラーで少し見えちゃってましたよ。
と思って覗いていたら、ナトリは真樹とミラー越しに目が合ってしまい、なんとなく反らした。
おもしれぇなぁ、と事情を察した一之江が一言、「栗村、もうじき着くぞ、立てるか」と笑いを堪えて言う。
反抗心から文杜はそれに返事をせず、寝たフリを決め込んだ。
「お前らつーか今日は引っ越し荷物どーすんの?佐川さん運ぶしか出来ねぇよ?」
「あーそうだ」
「栗村のは何?バッキリなの?外れてんの?真樹ちっとやってみ?」
「んとねぇ」
「外れたんだよやめて真樹ちゃん」
文杜は起き上がった。そこで車が止まる。
「着いた。お前整体行け。多分オカマっぽいなんかヤバ気なジジイが見てくれっから」
「はぁ!?なにそれ気持ち悪い。俺怪我人ですけど!」
「なんだよよくわかんねぇ理屈だなぁ。まぁ俺もちょっとあの先生苦手なんだよ、すぐセクハラしてくっから。タマ鷲掴みされたときは死ぬかと思った」
「怖ぇぇぇ!おぇっ、それ、セクハラの域越えてるよねぇ、最早。俺的にはあんたもよくわかんねぇな」
「いや俺セクハラしたい方じゃん?てか勘違いしてるけど俺わりとノーマルですから。たまにまぁ同性もあるってだけの話ですから」
「よくわかんない」
3人からそれぞれ賛同を得られなかった。
「お前らには早いな。女は柔らけぇの、男は堅ぇの」
「えなにが」
「肌が。なんかこう、うん、柔らかいんだよ女って。けど男はそのなんだ、堅さがこう気持」
「変態だ」
「死ねばいいのにあんた」
「よーちゃん顔、やべぇ」
緩みきっている。
取り敢えず一之江は置いて行こう。三人はそう判断して各々ドアを開ける。ナトリは出てきたが後ろ二人がどうも出てこない。
「どしたの」
覗き込めば。
「足痺れた」
「ごめん真樹、ちょ、待ってって今手ぇ貸す痛゛っ、痛゛、」
「バカだろ狂犬。まず普通に出て来いよ」
涙目になりながらなんとか文杜は後部座席から出て。
「てかバカ共、ほれ行くぞ」
後から降りた一之江が二人を手でしっしとやって真樹を無理矢理引きずり出しておぶった。そして言う。
「お前今日は引っ越し手伝ってやれ。俺は疲れた。今日はきっと戻れねぇしな」
「うん…」
「ホントは一週間くらいは見てやりたかったがまぁ、なんかあったら来い。薬は奴らに預ける。したらしばらく」
「いい。よーちゃん持ってて。毎日、必要な数、取りに行く」
「…あぁ、そう」
「ねぇよーちゃん」
やけに熱っぽい。
どうしたんだか。
「毎日、話そう?ちゃんと、話を」
「真樹、」
「じゃないと、治らないんだよ、傷は」
そうだけどさ。
「…お前はなにか勘違いをしているよ、真樹。
別に、なんもねぇよ、俺にはお前らほどは」
至極淡々と言うそれは。
まだまだ、引きずり出せない。あんたの無意識の闇からあんたのことなんて。
酷い情緒だと、取り敢えず真樹は一之江の横っ面を一発軽く叩いてやった。
それでも一之江は淡々と前の、病院を見るばかりだった。
「あんたの微睡みは聞かせてくれないのな」
「…微睡んでねぇからな」
「嫌な大人。そんなんじゃ手首切って死んでやろうか?」
「大丈夫だよ。手首切っても死ねねぇから。一番わかってんだろ」
「まぁね」
「けどさぁ」
ふと、漸く顔を見てくれた。
真樹が何かに怒っているのはわかった。
「あれが一番、生きてんなぁってわかる微睡みだよな」
その一之江の一言に。
心臓が止まるような、核心を突かれたような衝撃が走った。
この人は、なんて。
「苦しいね」
哀しいのか。
病院に入ってからは二手に別れた。
受付やらは医院長権限の顔パスであっさり通り、真樹と一之江は二人きり、正直二人を待つだけような状況だった。
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