9


 墓のような風景。

 ただただお利口な生徒共は座り、呪文のように垂れ流されている、禿げたおっさんのなんかをBGMの子守唄にして大体快眠。
 たまにふざけっこしてる奴らもアホみたいだ。イライラを通り越して最早虚無感に近い。

 黒板は緑で、チョークのカチカチもつまらん。眠い。

 真樹はどうせあの調子なら病院なんて昼過ぎだし昼過ぎに登校しようかと二人で漸く眠れた頃に

「うるぁ、朝飯だけでも食えや、台湾まぜそばぁ!」

 と、意味わかんねぇラーメンみたいななんか汁がない、生卵を落とした、うまそうな挽き肉乗ったスタミナ料理をナトリに出された、今朝。
 ナトリはどうやら眠れなかったらしい。

「ネットで調べまくったぞ真樹!見ろこれだろ!ニラ乗ってて肉乗ってるやつ!」
「わかんない…ナトリ眠いよ」
「つか昨日中華じゃんか」
「バカだな文杜。これは名古屋料理なんだよいいから食えよ味見してないからわかんないよ?」
「なんで朝からテンション高ぇんだよ」
「取り敢えずいただきます…」

 それでもちゃんと手を合わせていただきますするあたりやっぱ真樹可愛いわぁ、朝からありがとう、食った瞬間の真樹は「ごふっ、」て噎せたけどありがとう。そう思って仕方なく食った文杜だったが。

「ごふっ、」

 噎せた。
 朝に食べる物ではない。

 何せ唐辛子(鷹の爪)が直に喉に直撃したり麺がなのに呼吸を許さないぐらい太い、噛み切れなかったり、てゆうかがっつりだねぇ、見た目からわかってたけどがっつりだねぇ。
 いくら俺たち男子高生でもなかなかこんな、野郎系を朝の8時の不眠気味状態で食べようという体力ないよ?例え昨日の夕飯が八宝菜とかいうどこぞのジジくせぇヘルシーメニューだったとしても。

 しかし。

 噎せたのは一口目のみ。
 「がはっ、」と水を飲んでやり過ごし二口目を食ってみたら。

 案外腹は減っていた。

 そうか昨日暴れたくせしてヘルシーメニューだったからね。なのにほぼ起きてるからね。やべぇ、うめぇじゃねぇか。やるなぁクソ台湾。センスに感服。深夜ハイテンションすげぇな、とか思って完食してみたら。

「ハゲ、うめぇ。けどごめん。ちょっと食べきれないかもしれない…」

 真樹が泣き言を言っていた。
 んもぅ真樹ちゃんったら。

「あ、やっぱ?いーよいーよ、俺が食 」

 間接唾液や。
 最早ヤケクソになって文杜は真樹の残りを奪って完食。
 ナトリも真樹も「すげぇ…」とか「うわ…」と唖然としていた。

「腹減ってたのか文杜」
「いや、全然。ごちそーさまぁ!」
「ごちそうさまありがとう…。見てて気持ち悪い文杜」
「え?」
「すげぇなお前」
「いや俺も多分5分後にはもうナトリをなじってるよ。これ朝から食うもんじゃなたんま、寝ていい?真面目に無理かも」
「ごめん文杜…」
「残せばいいじゃん!」
「ダメ!どーとくに反すごめん、喋らんわ、出る、寝る」
「いやダメ。歯ぁ磨いて学校。あと西東さんが真樹を迎えに来るから」
「ムリムリムリムリ、マジメンタルない、ナトリ先行っててごちそうさまうぅ、死ぬ、」
「わかったよ!弁当冷蔵庫な!昼までに来いよふにゃちんが!」

 と言うのが朝。
 しかし残念ながらそれからあまり寝れず。

 少しだけ寝たら台湾まぜそばの勢力のせいですぐに起きた。股間の元気な痛さに。

 別に夢は多分見ていないけどなんだか晴れない悶々としたまま遅めに登校。今に至る文杜であった。

 今ごろ真樹はどうしているんだろうか。あのクソ医者、大丈夫だろうか。
 なんだか昨日の景色が少し夢のような気がしている。少し古ぼけてる。あまりに鮮やかだったせいだろうか。

 族も抜けてしまったし。
 なんだろうか、ぱっとしないなぁ。

 しかしまぁこうして眺めていると。

 昼下がりの現実とはなんだか、なんもいない水槽のようだ。そこに赤を投入する。そういえば最近赤をたくさん見ている気がする。なんだろうだけどなんだか、なんだろう。

 目を閉じれば暗闇だ。だが鮮やかな、白い世界が待っているような気がする。

 そして目を開ければ痙攣するような、立ち眩み、眩暈、これはステレオグラムのような景色で、白と黒が交じりあって現実になる。自然現象とはそういうものかもしれない。現実は灰色。白と黒の、情事。だとしたら世界はこれほどに、淀んでいて、光と影は、潜んでいて。

 俺が踏み出せない一歩は夢なのか、現実なのか。黒、白、灰色。もっと汚い、赤なのか。俺は一体何を求めているんだろう。何を。

 モヤモヤする。イライラする。何に対してこんなに痺れるような、震えるような思いを抱くのか。わかっている気がする。多分自分だ。くだらない。

 文杜は机から足を退け席を立った。椅子が響く。
 becauseが止まり教室が思いのほか静まってしまった。先生がちらっと文杜を見る。生徒もちらちら、自分の動向を気にしているのがわかる。

 くだらないなぁ、やっぱ。学校はつまらない。

「栗村、どうした」
「…Because I had nothing better to do I'm boycott to you because.
(暇なんでボイコットしまーす)」

 英語の教師が驚愕な顔で文杜を見るが、文杜は何食わぬ顔で、「See you soon!」と片手を上げて扉をピシャリと閉めた。

 生徒達から、「なんつった?」だの「かっけぇ…」だの、「あいつ、ヤンキーじゃねぇのかよ…」だの、頭が悪そうな発言が飛び交う。茶化された当の英語教師にすら、「先生ビコーズ?」だの、「今のなに?」だの沸く。

「うるさいわ!はい、授業戻るぞ!」

- 48 -

*前次#


ページ: