3
ナトリと文杜には今日から3日間、新たな日課が出来た。
バイト帰りに真樹を西東の部屋へ迎えに行くことだ。
自分達の部屋は5階、西東の部屋は10階。この矛盾もまぁ、仕方ない。
教えられた1003の部屋をピンポンしたが応答がない。どうしたか。開けてみればギターの拙い音と。
「ちゃうよ、ちゃうよ!」と言う酒気帯びな西東の声に。
「あーもうわかっとるよぅ…ごめんなさいぃ…バカ!」
と言う真樹の声。
ちらっと開けて覗いてみれば。
再開されたギター音。
メリハリがないだけで案外、中学からいじってないとは思えないくらいには、綺麗に音が出ていた。低めの所謂マイナーコード、一定で簡単な進行だ。
「そこだね、イントロはCのほう。イントロと弾き比べると…、多分よく聞くと彼の音、まぁピアノで言うとシのダブルフラット、そこをGにするとファのフラットになる。貸してごらん?」
真樹が開け放たれた寝室から現れ、西東にギターを渡してまた消える。一瞬見えたストーンズのTシャツとダボダボのスウェット。何故着替えた。どう考えてもあれ、西東のだろう。
西東がギターを弾き始めた。
急に同じ楽器に、力が籠る。単調なリフ。だからこそ変わる、迫力。なるほど、CコードとGコード、すげぇ。ドラムのナトリですら音の違いが若干わかった。
「おぉぉ…」
「はい、やって。
あと君のクセ、あまり腕上げないよね。だから下がらないんだよ。なんか手元でガチャガチャしてる感あるからもうちょい腕上げて。CからGとか、押さえとかは意外にも、初心者にしてはきっちりしてるから、あとはストローク。したらメリハリ出るよ、はい、ちゃっちゃ、ちゃっちゃ、ちゃらららちゃんちゃん」
手を叩きながら言う西東。それからしばらく続いて。見つめながら酒をちびちび飲んでいる。
水道管を流れるソーダ水のような情景が浮かんだ、観賞。
二人に気付いた西東がにやっと笑った。
真樹は手元を見ながら少し穏やかな、けど真剣さは感じる表情でギターを弾いている。
そんな真樹がふと顔を上げ二人を見つめると、一瞬ポカンとしてからすぐに「な、な!」と、照れ始め、俯いた。
真樹は焦って、一気に冷や汗をかいたようだ。震える指先で耳に髪を掛けている。少し光る汗が綺麗で。
「はい、お迎えが来たよ。終わりにしようか、あまちゃん。
綺麗だったよ凄く。僕のいいつまみになりました。
二人も後でやろうね。あまちゃん、CD持ってっていいよ」
「はぁぁ…」
「…西東さん、あんたすげぇな。あれ1日?」
ナトリの関心に西東と真樹は目を見合わせる。西東は微笑み、「そう、僕の鬼トレ!」と言い放った。
「真樹…」
そして文杜は唖然としたように、というか疲れたように洩らす。
「俺なんか勃起しそう」
「はぁ!?」
「いや何が言いたいってそんくらいその…綺麗、殺伐としてて」
「…お前今日情緒大丈夫か?」
「取り敢えず完全燃焼」
「まぁいいわ。西東さん、世話になりました。また明日もよろしくお願いします」
「はいはーい。君はなんかとにかくベースくんを頑張って更正してね!」
そして3人で帰る。
「いやぁ真樹よかったよ」
「うぅ、ありがとう」
「真樹…俺勃起しそう」
「ねぇどうしたの文杜?溜まってんの?」
「いや溜まってねぇ、あと3日は多分不能」
「あぁそんなこと言ってたなバイト前」
「えなに?俺がいない間お前らなんなの?」
今日の事情は各々知らない。
まぁ取り敢えず長い一日で。
おそらくこれも、enjoy青春。
部屋についてから真樹は薬を飲み制服についたネコの毛をコロコロし、パーカーは洗濯機に。
文杜はテキトーに作り置きの、今朝余ってしまった挽き肉の何かをご飯に掛けて食べながら、「また台湾効果が…」と呟いていた。
ナトリはその間に風呂に入る。
真樹はベットに寝転んで、部屋にあるCDプレイヤーで先ほどのアーティストのあの曲を聴いていた。
あぁ、この唄なんだろ、てかこの人物凄くなんというか子供っぽい少年みたいな声。でも舌足らず。
あ、でもこの、だからこそのI'll take you anywhereいいなぁ。味だわ。ヘロインと愛とか言ってるし薬でもやってんのかなぁ。
これ、初恋の唄かなぁ。それにしてはなんか空虚というか、もう少しまだドラマがある気がする。てか最早語感?まぁオルタナティブって、そうだよね。ナイーブ。
とか考えていたらベットが軋んだ。文杜が仰向けで天井を見上げるように寝転んできた。
「真樹に似てるこの人の声」
「え?」
「こう、舌足らずななんだろ、ショタ声?みたいな。
けど真樹はファルセットじゃないね。この人より唄は上手いし」
「あぁ、まぁファルセットは出ないけど、出る。
気持ちはわかるのかも。この苦しい唄い方。しゃがれまでいかないみたいなさ」
「けど真樹の声はこうなんかね、それが甘い。なんて言うのかなぁ。もう少し通ってて、うーん、ベンジー寄りかもね」
「今、出るかなぁ」
少し不安そうに、へへっと笑う真樹の髪に文杜は手を伸ばそうとしてやめた。どうしても、穂の寂しそうな笑顔が浮かんでしまうジレンマが立ち往生した。
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